釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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DATE: 2006/04/14(金)   CATEGORY: 教育-学校教育
東京都教育委員会の通達は当然の措置
学校での職員会議で採決をもって物事を決めることを禁止するとの通達が東京都教育委員会から出された。

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職員会議での採決禁止 「校長の決定権拘束」 都教委通知

 東京都教育委員会は13日、職員会議で、挙手や採決によって職員の意思確認を行わないよう指示する通知を都立高など全263校の都立学校長あてに出した。都教委では98年、「職員会議は校長の職務を補助する機関」と定義しており、今回の通知は、その趣旨を徹底するためとしている。
 「学校経営の適正化について」と題する通知では、職員会議について「議決により校長の意思決定権を拘束する運営は認められない」との方針を強調。校務や、児童・生徒の成績判定などについて「『挙手』『採決』などの方法を用いて、職員の意向を確認するような運営は不適切であり、行わない」と具体的に指示した。
 都教委は、学校経営の中枢機関は、校長がメンバーを選任する「企画調整会議」であるとして、その機能強化を要請。一方、職員会議の機能は「教職員に対する報告、意見聴取、連絡に限定」するとしている。
 都教委が今年初め、都立学校の運営を調査した結果、十数校で職員会議で挙手などの採決があり、校長の意思決定に何らかの影響を与えていたという。
asahi.com 2006年04月14日12時12分


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職員会議で挙手・採決を禁止、都教委が異例の通達

東京都教育委員会は、「職員会議で挙手や採決によって教職員の意向を確認するような運営は行わない」とする通知を都立学校長あてに出した。
 通知は教育長名で、学校運営に関する重要な案件は管理職による会議で決定するよう徹底するのが目的。職員会議での挙手や採決そのものを禁止した通知は全国にも例がないといい、現場の教員の反発を呼ぶことも予想される。
 都教委は2001年6月、学校運営の重要事項は、校長や副校長、主幹、主任らで構成する「企画調整会議」の場で議論するよう通知した。しかし、今年1~2月に都立高など計22校でヒアリングをしたところ、主任教諭の選任や学校行事の運営について、職員会議に諮ったうえ、多数決で決めていた学校が約7割に上った。
 都教委では、こうした現状は企画調整会議の役割を否定することになりかねず、校長の意思決定にも影響を与えるとして、今回の通知を出したとしている。同時に職員会議の司会者や記録者を校長が指名することや、司会者を「議長」と呼ばないよう求めている。
(2006年4月14日11時47分 読売新聞)


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今更ながら、学校運営などを職員会議での合議で決定していたとの記事に驚く。
こんなことを今までやっていたから、校長や教頭が現場教員の児童生徒に対する虐めを見て見ぬ振りをせざるを得なくなったり、責任回避を図る事態を招いていたのだ。
何処の世界に、社員の合議で運営方針を決めるなどという会社があろうか。

学校教育法 第二十八条には、
3  校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する
6  教諭は、児童の教育をつかさどる
とあり、

学校教育法施行規則 第二十三条の二には、
小学校(中学校・高等学校にも本条文は準用される)には、設置者の定めるところにより、校長の職務の円滑な執行に資するため、職員会議を置くことができる。
2  職員会議は、校長が主宰する。
とある。

教諭その他の職員は校長の監督の下に児童の教育をつかさどるのであり、自分勝手に児童に対処しているのではない。

即ち、学校の方針を決定するのは校長であり、その校長の教員等職員に対する監督の徹底など、校長の職務の円滑な執行に資するため置かれるのが職員会議であって職員の意見を聞いたり集約したりする場では当然あり得ない。

極論すれば、校長は教員の意見など聞く必要はないのだ。
そのために経験も積み、試験も受けているのである。

ここにも日本の教育が無茶苦茶になり、不登校・校内暴力等が増えた原因があったのだ。

今回の東京都教育委員会の通知は、正常化を図る至極当然の措置である。

「現場の教員の反発を呼ぶことも予想される」との記事を書いた記者は、「麻薬・覚醒剤の取締りを強化すれば密売人等の反発を呼ぶことも予想される」との記事も書くのであろうか?
読売新聞社では社長は飾りで、会社の運営方針は総社員の合議で決めているのであろうか?
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COMMENT

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● 藤田大二郎さん
釣りキチおやじ | URL | 2006/09/28(木) 13:06 [EDIT]
「東京都足立区立中学某教師事件について」にも書きましたが、
我国の法律では、子供を『監督し』、『保護し』、一人前になるように『教育する』ことは、親に対して強制されています。
何処にも、学校や教師は規定されていません。
『子供に対する権利義務は、すべて親に帰属』しているのです。
教師は、親から委託を受け、報酬を得て、教育の一部を行うに過ぎません。
判り易く言えば、学校や教師は、親からお金を貰って、子供に『教育』という商品を売っているセールスマンに過ぎません。
当然、親は子供に対し、良質な商品を与えることを要求されます。
がんばりましょう!

藤田大二郎 | URL | 2006/09/22(金) 08:27 [EDIT]
大いに賛成!先に起きた地裁での判決というのに驚きを覚えました。それは、国歌斉唱を強制されたなどと、それを裁判にまで持っていってしまう愚かな大人達。勝訴したと画面で喜んでいるのを見て、頭を抱えてしまいました。これを子供達はどう受け止めるのでしょう。実は私にも子供がおりますが、こんな馬鹿な教師なぞには任せれません。因みに私は海外在留ですが、外から見ると、なんていうか日本から来る日本人というのは、人間として破綻しているなというのを良く感じます。はっきり言って、彼ら自分勝手です。こんな教師に教えられる子供達の未来は想像するのも怖い位です。実は先ほど都教委にメールを送信しました。これ、全ては都教委の責任であって、子供を預ける親として捨て置けない、このままであるなら我々父兄は都教委は戦いを挑むとまで言いました。教師というのは供給過多らしいですが、実際に使える教師だけを残していったら、きっと需要過多になるのでしょうね。教師っていったいなんなのでしょう。私の思い出から言えば、何を教えてもらったっていうよりは、どんな感動を与えられたかという方が良く覚えています。優良な子供達というのは日々にわくわくしている筈です。私達がそうでした。そんな子供達の可能性を摘んでしまっている教師の責任は多大です。そして監督官庁の都教委の責任はもっと甚大です。人に感動を与えられるには、その人自身に大いなる経験というのが必要だと思います。はっきり言って、教員免状なんていうのも要らないと思います。何か・・本当の日本崩壊の秒読みみたいで、この裁判というのはとても怖いと感じています。
● unknown さん
釣りキチおやじ | URL | 2006/06/28(水) 10:13 [EDIT]
返答が遅れて申訳ありません。
「切磋琢磨するという面」などのことばから、どうも会議と勉強会を混同されているようですね。
● 教育方針・運営方針
unknown | URL | 2006/05/19(金) 23:31 [EDIT]
学校の教育方針、運営方針というものは、新年度の出発の際、校長の提案によって決定されるのが普通で、しかもこのうち教育方針の方は、内容が年度ごとにコロコロ変わるというようなものではなく、何年間かは同一の教育方針をとるのが普通。
だから、通常の職員会議というのは、運営方針や教育方針を議論しているわけではないのだが、その点「おやじ」さんには職員会議というものが、いつも教育方針や運営方針を議論しているかのような誤解があるように見える。
学校というところは、児童・生徒という生きているこどもたちが生活しているとことであり、つねにさまざまな問題が生起する。日常的に校内で生起する諸問題についてどうしたら良い解決ができるか議論するのが職員会議の大きな役割。
「議論がなければ教員の意識が高まらず」という文言に苦情を書かれていますが、確かに公立学校の教員は教育委員会の実施する教員採用試験を経て採用されているわけだから、もちろん最初からあるレベルはクリアしているとは言えるが、新規採用の教員の場合、学生から急に教員になったばかりで実際上はなにかととまどう場面も多い。そういう人たちが、先輩たちの意見を聞き、議論しながら成長していく面もある。逆にベテランたちが、新規採用の教員の意見に初心を思い出すというようなこともある。
また、同じ教員といっても、教育学の学説にもいろいろあるように、人によって教育観には相当の違いがある場合もあり、異なる感性、意見をもつ教員が職員会議の場で議論を重ね、切磋琢磨するという面もある。
それがなければ、個々の教員がまわりの見えないたこつぼ状態になってしまい、他人と意見を戦わせるなかで、成長していくという契機が失われてしまう。「意識が高まらない」というのはそういう意味で、「自己の精神管理が出来ない」などということとは関係がありません。
● unknown さん
釣りキチおやじ | URL | 2006/05/13(土) 16:35 [EDIT]
「編集会議」は「会社の運営」には関わりませんよね?
「学校の職員会議も似たようなもので」あるならば、
「よいよい教育をするにはどうすれば良いか議論する」のであって、
「学校の運営方針」に関わってはいけないということをお認めになるということですね?
まして、「教育方針」は「その上を行く学校制度全体の方針」である以上、当然関わるべき筋合いのものではありませんよね。
ところで、「そういう議論がなければ教員の意識も高まらず、ろくな教育など出来ない」ような、自己の精神管理が出来ない人物は、報酬を貰って他人を教育するなどという大それたことに首を突っ込むべきではありません。
● 新聞社
unknown | URL | 2006/05/13(土) 03:43 [EDIT]
新聞社には新聞社で編集会議というものがあるだろう。よりよい紙面を作るにはどうしたら良いかと議論する。
学校の職員会議も似たようなもので、よいよい教育をするにはどうすれば良いか議論するところだ。そういう議論がなければ教員の意識も高まらず、ろくな教育など出来ないだろう。
● 鵺娘さん
釣りキチおやじ | URL | 2006/04/15(土) 10:55 [EDIT]
なるほど、こんな方法もあるのですね。
初めて聞きました。
方法論としては面白そうです。
授業参観で、判った子は右手、判らない子は左手と、全員に手を挙げさせて親たちを安心させることはよく聞きますが。
● 元々、この方式の好きなのは教師では?
鵺娘 | URL | 2006/04/15(土) 06:54 [EDIT]

目を瞑り 手を上げなさい 言う教師
我は飛蝗の 様に踊らず

「ほら、もうこんなに手が上がったわよ!ほら、また上がった!」実際には誰も上げてなくてもそう言われると「手を上げていないのは自分だけでは?」と不安になる様です。一匹の飛蝗が跳ねると他の飛蝗もつられて同じ行動に出る様に!そうやって言論を誘導していた教師ですが、薄目を開けている子、そのまま居眠りしてしまう子、そして他人には迎合しない私の様なタイプにはその戦術も無効でした。

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