釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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日本国憲法の基本精神
 歴代の天皇は、日本国において、代々「神」として君臨していたのは周知の事実である。
 少なくとも、昭和天皇が終戦に際し巷で云われる人間宣言を行うまでは。
 「神」であった天皇をまさに「祭神」とする神社が日本各地に存在し、これが「日本神道」の根幹であることも、また周知の事実である。
 ところで、日本国憲法は、先ず何よりも最初にその「天皇」を第一に認めている。
 国民の基本的人権をも差し置いて、その第一章として第一条より第八条までを天皇について規定しているのである。
 このことは、「天皇については、他の総ての事項に優先する!」と、解釈できる。
 その証拠に、「天皇には、(後に規定されている)選挙権・被選挙権を初めとする基本的人権はなく、納税等の義務もない。」とされる。
 第九条以降の規定は、天皇には及ばないのである。
 しかも、第七条第十号において、天皇は「儀式を行うこと。」とされている。
 「儀式」とは、「公事・神事・仏事または慶弔の礼などに際し、一定の規則に従って行う作法。また、その行事。」(岩波書店刊、広辞苑第二版より)であり、多分に宗教的意味合いを含んでいる。
 したがって、「天皇は、内閣の助言に基づき、国民の名において宗教活動を行いなさい。」と規定していると解釈することが出来るのである。
 当然、その指摘するところの宗教は、「日本神道」であることは言うまでもない。
 すなわち、「他の宗教はさておき、「日本神道」だけは国民挙って信心しなさい。」と謳っているのである。
 「そんな馬鹿な!」と言われるかもしれない。しかしながら、論理上、これが日本国憲法の基本精神であることは、間違いない。
 第二十条第一項後段並びに同条第三項には、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。」と、記載されていることをもって、わが国の進歩的文化人を気取る人たちは、これらの条文のみを杓子定規に文理解釈し、玉串奉奠や靖国神社参拝を憲法違反と決めつけ、マスコミのみならず裁判所までもがこれに追随しつつあるが、これは、とんでもない間違いである。
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COMMENT

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● いや・・・・
DICK | URL | 2005/11/03(木) 22:07 [EDIT]
はじめまして。中3の男です。
憲法の第1条に、「国民の総意」に基づくと記載されているし、世論調査においても過半数以上が天皇制を指示しているので、やはりこれに関しては国民の総意に基づいているのであまり批判できないような気もするのですが・・・。
ここからは持論なのですが、多くのヨーロッパの国々は基本的にキリスト教を中心に、
西アジア系や他のアジアの国々はイスラム教や仏教などを軸とし国家を形成していると思います。しかし、日本では信教の自由が保障され、多くの人間が宗教に属していない。そして、アメリカと違って大統領(内閣総理大臣)の権力もそこまで強くは無い。
しかし、国家を1つに統合する為には(神的)なものも必要だと思います。つまり、理論とか・・・理屈ではなく絶対的な存在が国家には必須だと思うわけです。だから、現在の天皇制は無くてはならない者であると思います。生意気いってスイマセンね。

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● たかじんのそこまで言って委員会・皇室問題編
Let's blow!毒吐き@てっく 2005/11/08(火) 14:32
文章を読むよりテレビとかのほうがいっぺんに頭に入ったりする てことで、たかじんの...  [続きを読む]
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