釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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DATE: 2006/03/10(金)   CATEGORY: 教育-子育て
手綱か、それとも太陽か

庭木などの剪定や整枝を行う場合、小さな木や枝は、容易に剪定でき、また針金や紐などを使用することで実に見事な庭木や盆栽となります。
あとは、行う人の美的感覚と腕の問題です。
一方、大きくなってしまった木は、もはや容易には人の力を受け付けず、太陽の力、あるいは台風や洪水によってのみ、その姿を変えることが出来ます。
ただし、台風や洪水は、往々にして木々をダメにしてしまいます。
人間とて同じこと。
小さいときには、手綱を引き締めて、自分を律する方法を身に付けさせ、大きくなるにしたがって手綱を緩め、その行動範囲を拡大させてゆきます。
小さいときに自由放任にしておくと、大きくなって自制が効かなくなります。
そうなってから初めて手綱を付け制御しようとしてもダメです。
子供とて抵抗する力も大きくなっており、親一人や二人の力では到底制御不能な状態となっています。
体罰や小言は通用しません。
まさか台風や洪水のたとえのように、半身不随になるような暴力を加えるわけにはいかないでしょう。
こんなとき、大きくなった子供には、親が太陽になるしかないのです。
親自らが模範を示す太陽となって、その輝く光に向かって成長するのを只管見守ることとなります。
   -小生の「子育て」原稿より-
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● 一首献上!
鵺娘 | URL | 2006/03/10(金) 18:29 [EDIT]
権利のみ 教えられる 子供らが
社会に出れば 外さる梯子

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