釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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結果的教唆犯
 現在、報道の自由・表現の自由・出版の自由などとして、情報が氾濫していますが、そのなかには犯罪の手本となるようなもの、犯罪をそそのかしているのではとおもわれるものも多々見受けられます。
 記憶に遠くなりつつある「良展ちゃん事件」を始めとして、マスコミを賑す犯罪、殊に少年の犯罪はその多くが明らかにこれらの影響を受けていると断定できます。まして、社会的な重大犯罪に至らないまでも、家庭内暴力、校内暴力、いじめ等これらの影響を受けているものについては、最早想像を絶っします。
 ところが、これらの情報は、憲法で保証されているとして、大手を振ってまかり通っているのが実情です。
 一人二人の人をそそのかせば、刑法に基づいて教唆犯として処罰されることは、皆さんご承知の通りですが、不特定多数の人々をそそのかすこと、しかもそのことを金儲けの手段にすることは、出版・表現の自由として許されているのです。
 この事実は、社会正義を追求することを目的とする法の趣旨に明らかに違反します。
 自由は義務・責任と表裏一体であるのは当然であり、これらの情報の発信者は、その影響の結果如何に責任を持つべきです。情報を発信する者は、真似をする者が出、社会に悪影響を及ぼすことを当然予想すべきです。
 出版物その他の影響を受け第三者が罪を犯した場合、その出版物(著作物)などを刊行等した者を教唆犯として罰すべきです。
 具体的には、『結果的教唆犯』の法律条項を新設し、刑法上においてはその刑事責任を、民法上では被害者に対する損害賠償責任を負担させることです。
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COMMENT

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guldeen | URL | 2005/12/18(日) 22:29 [EDIT]
管理人さんは、「クリプトナイト解錠事件」というものをご存知でしょうか?
http://www5.big.or.jp/~hellcat/news/0409/17a.html
これは、オートバイなどの施錠に使われる「ほぼ100%盗難を防止する「世界最強のUロック」」が、安売り用として有名な「ビック」のボールペンで簡単に開けられる事を『友人からの情報』で知ったブロガーが、その事実を公表したという出来事です。
この出来事は、ある意味では「犯罪教唆」になってしまうのかもしれません。が、逆にこれらの情報をいち早く知った多くのバイク所有者にとっては、ドロボウの手口を知るための福音ともなりうるわけです。
ゾーニングに関しては、出版や流通ではなく『販売側』、つまり書店やコンビニなどが守るべきものであると思われます。流通がそれをやっては、事実上の検閲でしかありませんから。(郵便局員が内容をチェックするようなものですし)
● 自由主義の原則は貫くべきと思います
猫研究員。 | URL | 2005/12/17(土) 09:05 [EDIT]
法律が世の中から見ておかしければ修正すべきだというのは賛成だし、法律論が重箱の隅を突付くような屁理屈論争に終始して世間一般常識からかけ離れていっている部分も多々見受けられるのも事実だとは思います。しかしながら、罰することができるのは己の意思によりなした犯罪に限るという、自由主義刑法の原則は曲げるべきではありません。これは譲れない一線だと思います。そうでなければ、技術的にも裁判官の判断基準として用をなさないし、自己の行動に関する国民の予測可能性を確保することは重要です。どうも釈迦に説法の感があるので、原則論はこのぐらいにして、ご提案の「結果的教唆犯」についてお伺いしたいのですが、具体的には何を罰するのですか?例えば、親が子供とともに時代劇を楽しんでいたとしましょう。その子供が殺陣の場面に触発されて殺人を犯すにいたったら、誰が結果的教唆犯に問われるのですか?見せた親ですか?それとも製作者や放送局ですか?事件報道の場合もそうです。一体誰が罰せられるのか不明確ということは、厳格に適用すれば誰も罰せられないし、緩やかに適用すればそれこそ恣意的です。これは大変不安定で危険な社会だと思うのですが、如何思われますか?
報道機関の横暴は確かに目に余るものがあります。だからといって、自由主義刑法という体系を破壊するようなものを導入すれば、角を矯めて牛を殺すことに他ならないと、私は思います。
「法律論自体に疑問を感じている」とおっしゃっているので、現行の法体系を大筋で是とする私の意見には真っ向から対立するのだろうとは思いますが、貴ブログの真摯なあり方拝見し、またこれは論ずるに値する内容であると信じるので、失礼を省みず生意気なコメントをさせていただきます。何卒ご寛恕くだされば幸いです。
● 猫研究員さん
いざりうお | URL | 2005/12/16(金) 03:26 [EDIT]
現行法律論からいけばおっしゃるとおりです。
しかしながら、その法律論に小生は大いなる疑問を感じます。
法律の究極目的は社会正義の実現のはずですが、重箱の隅を突付くような屁理屈論争に終始して世間一般常識からかけ離れていっている部分も多々見受けられるように感じるのは小生だけでしょうか。
法律は社会科学です。世の中から見ておかしければ修正すべきでしょう。まだまだ法律論自体未熟だと考えます。
● 心情的には大いに理解できるのですが…
猫研究員。 | URL | 2005/12/16(金) 02:42 [EDIT]
結果的教唆犯というのは法律論として難しいと思うのですよ。刑法では「何をするとどういう罪に問われるか」という構成要件は曖昧さのないように明確に書いておくのが大原則だからです。報道と特定の犯罪の因果関係を立証するのがほとんど不可能なので、結局は技術的に適用不可能ということになるんじゃないかと思います。刑事裁判というものはそれぐらい厳格にやらないと、冤罪を大量に生み出してしまいます。
報道機関に携わる人間が「こういうことをしたら結果的に犯罪を教唆しているのだ」という職業倫理として持つべき内容なのだろうと思います。もちろん、それが出来ていないからこそのご提案なのでしょうが…。「心情としては大いに理解できる」とタイトルに書いたゆえんです。
● teruさんへ
いざりうお | URL | 2005/12/16(金) 01:14 [EDIT]
ようこそお越しくださいました。
確かに、貴方が心配される検閲の虞が100%無いとは断言できませんでしょう。ことに政治体制が変わればどうなるかは判りません。しかしながら、現在の日本では検閲は100%不可能です。このインターネットの現状をはじめとする情報の氾濫を見れば当然でしょう。
ただし、検閲に近い言論統制は既に行われています。それは、マスコミによる意図的な情報の取捨選択です。検閲は確認できますが、このマスコミによる意図的な情報の取捨選択は表に出ませんので一層危険性は増します。以前、ある大手新聞社の編集長が「我々の任務は、出来事を正確に報道することではなく、人々の意識を変革し、世論を誘導することにある。」と言っているのです。つまり世間の人々を洗脳すべきであると言ったのです。
しかし、「正しいのか、正しくないのか」決めるのは、報道する側ではありません。視聴者であり、読者です。報道機関が勝手に情報を取捨選択したり、ましてやねじ曲げたりするなどもってのほかです。報道担当者の独断と偏見が悲惨な世の中を招来したことは、常に歴史の示すところです。
このような考えの出版・報道などを野放しにすることがいけないのです。
政治家や政府・国家に対しては性悪説を主張されるにもかかわらず、同じ人間が行う報道や出版・宗教などに対しては性善説を問答無用で採られる人が多いのは何故なのでしょう?小生には不思議でなりません。
何処の世界にもどちらも存在します。どんな逆境においても自分を貫く人もいれば、飴玉一つで悪魔に魂を売り渡す人も存在するのです。「貴方は影響されて犯罪を犯さなかった、小生も右に同じ。だからあの人も」とは、努力は絶えず必要ですがならないのです。さもなければ現行刑法の教唆犯条項そのものも要らないことになります。
宗教の世界では、「一人一人が良くなれば世の中は良くなる」と大昔から言われてきました。しかしながら、極小さな地域や団体をとって見てもこのことが実現したためしがありません。
今を賑わす構造計算偽造事件をとってもこのことは明らかです。
ですから「現実をどのようにしていくか」を見据えなければならないのです。
「“犯罪教唆”や“青少年への悪影響”が言われたのは比較的最近」とのご見解ですが、「良展ちゃん事件」は昭和38年(1963年)であり、その時から既に問題にされ小生の考えもその時点から培われてきたものです。
「ゾーニングをもっと徹底するべき」とのご意見も、これは出版・報道をなす側のするべきこと。産婦人科医学書や警察官・自衛官の武器取扱書などはこれが守られているためまず問題化しません。よからぬ写真なども知人間でのやりとりは問題になりません。不特定多数を対象としたとき問題となるのです。
ところが「不特定多数が相手でないと金にならない、ネームバリューもない、だから大っぴらに」頒布しようとするのですが、それではこの金銭欲・名誉欲と引き換えに責任を負いなさいと小生は言いたいのです。
● 犯罪教唆⇔表現の自由
teru | URL | 2005/12/15(木) 18:32 [EDIT]
初めまして。「愛と平和」から来ました。

確かに、氾濫している情報が結果的に犯罪教唆となっている側面はあると思います。特に、犯罪事件が起こった際のマスコミ報道では、結果的にその手順を教えることになっているのではないでしょうか。

その一方で、表現の自由と犯罪教唆の防止との間でどのように折り合いをつけて行くべきかは難しい問題だと思います。

>出版物その他の影響を受け第三者が罪を犯した場合、その出版物(著作物)などを
>刊行等した者を教唆犯として罰すべきです。
ある出版物に触れた人が、それに影響されて犯罪を犯した場合、周囲はその出版物の影響を想定し、犯人もまた、その旨を供述するかも知れません。

それでは犯罪が起こるのは、その出版物およびその発行者が全面的に悪いのでしょうか。

私は幼少時から、マンガやアニメ、そしてゲームといった「悪影響を及ぼす」と言われているメディアに慣れ親しんできましたが、それに影響されて犯罪を犯したことはありません。それどころか、自身が犯罪を犯せば、そのようなメディアの発行者およびファンの方々に迷惑が掛かると考えています。

世間には、出版物を始め、様々な情報が氾濫していますが、それに影響されて犯罪を犯すかは人それぞれで、たとえ暴力的・性的なメディアに触れたとしても、それを現実の犯罪に変換させてはならないのです。

私が恐れているのが、“犯罪教唆の防止”の名の下に検閲制度が復活するのではという懸念です。いざりうお様が普段読まれている出版物が、いつ、どんな状況で“犯罪教唆”の可能性を指摘されるかは誰にも分からないのです。

もちろん、“表現の自由”の名の下に、何もかも野放しにしてよいとは考えておりません。大切なのは、どんな出版物に触れても、それを犯罪に変換させないような教育(躾?)、あと最近書店等に行って感じるのですが、性情報を扱った雑誌等が、特に何の仕切りもなく、店内に足を踏み入れた人すべての目に触れる状態で陳列されています。これを防ぐ対策、つまりゾーニングをもっと徹底するべきだと思います。

私のこのコメントは、単に自分の身を守るための“詭弁”なのかも知れません。ただし、「青少年への悪影響」の名の下に、様々な表現が規制されつつあるのもまた事実です。表現規制によってどれだけ世の中が良くなるのかは正直疑問です。

最近のアニメやマンガを目にすると、昔と比べて随分と表現が抑えられているのがよく分かります。一方で、“犯罪教唆”や“青少年への悪影響”が言われたのは比較的最近です。これもまたちょっと不思議な感じがします。犯罪捜査がそこまで進んでいなかったのか、それとも本当に関係がないのかは分かりませんが。

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● 続・犯罪被害者は原則匿名報道にせよ
猫研究員の社会観察記 2005/12/13(火) 06:28
 先日の『犯罪被害者は原則匿名報道にせよ』というエントリーに関して、読者の方から「報道機関のことを棚上げにしているようですが、あの手この手を使い抜け駆けする報道機関も出て来ます。嘘や誘導尋問を駆使してさまざまな人たち、或いは機関から情報を入手するでしょう  [続きを読む]
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