釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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DATE: 2005/12/06(火)   CATEGORY: 教育-子育て
子育ては難しくない、気楽なもの
読売新聞社が行った「父親像」に関する全国世論調査で、「子育てで悩んだ経験のある親は」61%、「世の中の決まりをきちんと教えられない父親が増えている」という人が80%、そして「雷おやじほど尊敬している割合が高」く、逆に「子供と友達のように接する」は13%と少数だったそうです。
http://chubu.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyo051205_1.htm
(2005年12月5日 読売新聞)

 ここでも戦前の日本を否定して来た教育の歪が大きく影響しているように思われます。

 たしかに「子育ては難しい」と、よく耳にします。
 今大問題となっている少子化の大きな原因の一つは、この『難しいとされる子育て』を回避したことであるのは間違いありません。また、子育てに失敗した結果、親自らが引き起こし、あるいは子供に引き起こされた事件が、毎日のようにマスコミに登場しています。
 子育てとは、そんなに複雑で難しいことなのでしょうか?
 この地球上には、さまざまな生き物が住んでいます。
 そのなかでも、高等動物といわれる生き物のほとんど総ては、子育てを行っています。犬、猫、ライオン、鯨などの哺乳動物だけでなく、ツバメ、かるがもなどの鳥類、ブラックバスなどの魚に至るまで子育てを行う仲間です。
 これらの仲間は、親が子育てを必ず行い、子供を一人前に育て上げ、独り立ちさせて自然界に送り出します。
 仮に、子育てが難しいことであれば、高等動物の大半が子育てに失敗し、今頃そのために絶滅した種も多く存在するはずです。なぜなら、万物の霊長と称される程全ての動物の中で様々な能力が抜きん出ている人間にとってさえ複雑で難しいことであれば、他の動物にとっては至難の業であることは間違いないと思われるからです。
 しかしながら、子育てに失敗して滅びたなどという動物の話は聞いたためしがありません。
 それどころか、青く豊かな水と緑に包まれたこの地球上において、永々とその子孫を繁栄させ、今日に至っているのです。種を絶えさせる原因は、気候などの異変、もしくは公害・殺生など人為的なものに限られているほどです。
 したがって、子育ては、本来難しいことでも、また、複雑なことでもないはずです。
 私は、このように考え、『自然の中に生かされている人間として子育てはどうあるべきか』に心を配りながら、子育てを行ってきました。
 そこには、難しいことなど何もありません。

 また、『子供に対して友達の如く接する』とも、よく言われることです。
 強い者、所謂父親や、身の周りの世話までしてくれる姉さん女房みたいな者、所謂母親が友達になってくれたならば、子供は他人との葛藤など鬱陶しく、又、バカバカしくなって、外に真の友人を作ろうとしなくなります。『友達は努力して創るもの、努力して維持するもの』。この苦労がいらないのです。
 子供にとって、こんな気楽なことはありません。外で何かあると、「どうしたら皆と仲良くすることが出来るだろうか」と考えようともせず、「お母ちゃんが遊んでくれるから、誰も遊んでくれなくていいもん!」となります。
 かくして、人間関係を構築する意欲、努力、技術の全く無い人間、自分中心にものを考えることを許されて育った人間が生産されていきます。
 そんな子供たちが、ただ年齢を重ねたからといって、人格が構築されてゆくことなどあり得ません。
 『家を一歩出れば七人の敵あり』と言います。大きくなって世間に出ると、誰もご機嫌などとってはくれないのです。
 こうして育った子供たちが、大人となって社会に出て、どうしても他人と接することを回避することが出来なくなったとき、どうなるか、何が起こるか、想像するに難くありません。
 「結婚したのに、夫がいつもお母さんとばかり寝て、私はいつも一人ぽっち。」と、離婚した女性もいます。また、新婚旅行先のホテルから、「ママ、これからどうしたら良いの?」と、電話をした新郎の話も聞きました。これら『自分で家庭を作ろうとせず、親の家庭に逃げ込もうとする』のは、その典型です。
 親は、絶対に子供の友達になってはいけません。かわいがることと、友達として接することとは次元が違うのです。
 親は、子の衣食住を握り、圧倒的立場に立って接しているのです。
 そして、社会の仕組み、上下関係が存在することを教える役目を担っているのです。
 そのなかでの自分の立場を理解させる。
 そこで、子供は、どのように行動すれば良いかを学んでゆきます。
 親子兄弟は、人格を磨き、外に友人を創り、恋人をつくる技術を習得する、訓練の場です。
 「お母さんは、お父さんのお嫁さん。お父さんは、お母さんのお婿さん。僕の入り込む余地はない。」「ならば、外に出て、友達を作って、恋人も作って、そこが僕が自由にはばたく場所だ。よし、がんばろう!」こうして、子供は社会に馴染んでゆきます。
 当然の帰結として、家庭を作る欲求が生まれ、その家庭を護ろうとする意欲も湧いてくるのです。
 確かに子育ての主役は子供です。しかしながら、そのことと、『子供のわがままを無条件に受け入れる』こととは、全く違います。
 子育ては、『将来をも含む子供のため』に、『親が自分の意志で、子供に能動的に働きかけてゆく』ことです。極論すれば、正しいと思うこと、子供のためになると思うことを子供に強引に押し付けることです。
 心を配る点は、子供の側に、それらを受け入れる素地をどうやって造っていくかということです。
 たとえ間違っても、親が受動的立場に立ってはいけません。
 ですから、私は「どうして子供の機嫌をとろうか」などと悩んだことはありません。また、子供の友達になろうと思ったこともありませんし、なったこともありません。
 したがって、私の子育てには、親と子の葛藤などというややこしいものは一切存在しません。
 『実に気楽な子育て』であると言えます。
   -小生の「子育て」原稿より-
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COMMENT

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● 少し遅くなりましたが。
ぶるー | URL | 2006/01/15(日) 10:46 [EDIT]
「苦痛からの逃避」から「安易な欲望追求」への変化とのことですが、
これってただ単に我慢のできる許容量が減っただけではないでしょうか。
働けといわれたから~というのは、「働くことの苦痛」から逃れたいという心理であるとも考えられますし。
これはよく若者の心が弱くなっているということだと考えられがちですが、何年か前に話題になった「小さいことにくよくよするな!」の著者であるリチャード・カールソンによると、ストレスへの体制の高い人間は、必然的に多くのストレスを抱えて苦しむそうですので、
ストレスへの体制の低い人を一概に心が弱いと断じてしまうのは違うと思います。もっとも、働けといわれた~というのはさすがに極端ですけどね。

それに、「安易な欲望追求」で罪を犯してしまう人が激増しているという見方はやはり疑うべきだと考えます。
「ニート」と呼ばれる人々が話題になり始めた頃、多くの人はそれが「苦労を知らずに育ったせいで甘ったれた若者の集団」であると考えました。
しかし実際にはそういった人は多くなく、ニートになる理由は、学生時代にいじめを受けたなどのトラウマがあったり、就職氷河期のせいで職への意欲を失ってしまうなどさまざまです。
それでも「甘い考えだ」」と断じる人もいるのでしょうが、実際に日本のニート論は個人の問題にのみ終始し、彼らを受け入れられない社会の側の問題は無視されてしまっているといいう指摘もありますので、日本のニートへの見方は国際的にもずれていると言えるでしょう。
この誤ったニート観だけでなく、日本には若者を悪性の塊だとでも言わんばかりの誤った見方が横行しています。(ゲーム脳ですとか、携帯によって脳が退化するなんて珍説も、この偏見が原因と思われます。)

若者の犯罪の話に戻りますが、事件の動機の変化を考える場合、ちゃんとした論拠に基づいて考えなければ上記のような下世話な若者論に引っ張られてしまうと思うのです。

もっとも事件の背景についてのマクロなデータがありませんので、私としても「動機など変化していない!」と強くいうことはできませんが・・・
● ぶるーさん
いざりうお | URL | 2006/01/11(水) 11:20 [EDIT]
「それでは上手くいかない子」のときは親が積極的に出ます。
障害を持つ子などは違ってきて当然です。
また、当該白書はあくまでも犯罪全般です。
昔よりも日本人全体が裕福になり食えない子供は少なくなってきましたので当然のことでしょう。
ここで挙げているのは親子の間での犯罪ですが、白書にはこの数字は挙げられていません。
さらに、「厳しさに耐えかねて」などという『苦痛からの逃避』型から、「自分の思い通りにならない」或いは「≪働け≫と社会人としては極当たり前のことを言われた」ことなど『自己の安易な欲望追求』型、しかもそれまで欲求を受け入れてきた「弱者への家庭内暴力の延長線上」へと動機が変化してきていることが問題なのです。

ぶるー | URL | 2006/01/11(水) 00:25 [EDIT]
お返事ありがとうございます。全体としては「見解の相違」であると思いますので、特に再反論するつもりはないのですが(強いて言うならば「それでは上手くいかない子もいる」という程度でしょうか)、最後のくだりに関しては間違っていると思います。

近年の少年犯罪の増加というのは、まず間違いなく印象論です。

http://kogoroy.tripod.com/hanzai.html

このサイトを見ていただければ分かると思いますが、戦後以来少年犯罪は(人口比も含めて)減少傾向にあります。ここでは親殺しのような特殊な事例については扱っていませんが、殺人事件全体の減少から考えれば、おそらく増加はないでしょう。

更に、日本は世界的に少年犯罪の少ない国ですから、実態をつかんでいないマスコミの偏向報道(だけではないと思いますが)によって若い世代を憂う必要はありませんし、もしも「最近の若い奴は・・・」と考えてしまったら、それは現実とは乖離していると思います(あくまでも犯罪・治安との関連では)。
● ぶるーさん
いざりうお | URL | 2006/01/10(火) 23:24 [EDIT]
コメント有難うございます。
ところで、物事には段階があります。
何も下準備無しに「外に放り出して、「友達と遊んできなさい!」としかりつける」などは無茶苦茶でしょう。
繰り返しになりますが、あくまでも親は「社会の仕組み、上下関係が存在することを教える役目を担っている」のです。
「人格を磨き、外に友人を創り、恋人をつくる技術を習得する、訓練の場」として「親子兄弟」社会を提供し、
「子供の側に、それらを受け入れる素地をどうやって造っていくかということ」に「心を配」りながらその役目を遂行しながら、外に送り出すのです。
小生もかなり虐めは受けました。
呼び出されて殴られたことも何度かあります。
それでも「自分の信条を曲げ」ないでいじめっ子たちとも接して来ました。
小生の娘たちもかなりの虐めを受けたようです。
子供たちにはテレビを見せませんでしたし、今でも見せていません。
そのため話題が合わないと言って来た子もいますが「そんな下らない話題を持ち合わせないことを誇りとしなさい!」の一言で終わりましたし、その後友達が減った様子もありません。
少々の虐めは笑い飛ばし撥ね付ける強さを身に付けてゆくのです。
それでも、どうしても必要なときは親が出て行きます。
それが親の務めです。
また、「今に始まったことではなく、昔からたびたびある」ということと、「増加、又は減少している」こととは次元が別の話です。
小生は「そういう事件が増加している」と、はっきり認識しています。

ぶるー | URL | 2006/01/09(月) 17:58 [EDIT]
はじめまして。

この記事には賛同できるところもあるのですが、全体としては納得できません。
私の場合、小、中学校といじめられていました。中3の頃は登校拒否をやっていました。
友達を作る努力などと言われましても、自分の信条を曲げてまで他人と接する必要は感じませんでしたし、そんなことをやっていたら今頃もっと歪んだ人間になっていたかもなぁ・・・と思います。

親と友達のような関係になるのがいけないと仰いますが、私は中学生時分には、同年代の人間が幼稚な差別主義者ばかりで辟易していた記憶があります。そういう思いをしている子ども(どのくらいいるのか分かりませんが)まで外に放り出して、「友達と遊んできなさい!」としかりつけることが正しい教育とは思えません。

更に言わせてもらいますと

>また、子育てに失敗した結果、親自らが引き起こし、あるいは子供に引き起こされた事件が、毎日のようにマスコミに登場しています。

これは、例えば中学生が親を殺すとか、そういった事件のことでしょうか?だとしたら、これは今に始まったことではなく、昔からたびたびあるような事件です。

http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/archives/50178449.html

さすがに管理人さんは「マスコミに登場する=そういう事件が増加している」という解釈をなさる方ではないと思いますので、余計なお世話かもしれませんが、このくだりは印象論で話を進めているように見えましたので・・・
● TB
ぐーたん | URL | 2005/12/15(木) 14:42 [EDIT]
いろいろとたどり、こちらに来ました。
題からすると、私の書いた記事とは反対のことであるかなと思いましたが、読んで共感いたしました。
気楽な物である子育てが、今の風潮とは逆となり、こうした子育てを貫く事が気楽ではなくなってきているということでしょうか。
が、親は強く毅然としてなければいけないのだと改めて思います。
TBさせていただきました。

Kaninchen | URL | 2005/12/12(月) 00:57 [EDIT]
拙ブログのほうにコメントありがとうございました。
子供のいない私にはそれが難しいかどうか、という判断はしかねるのですが、『親が自分の意志で、子供に能動的に働きかけてゆく』こと、には大変共感を覚えます。
 「結婚したのに、夫がいつもお母さんとばかり寝て、私はいつも一人ぽっち。」と、離婚した女性もいます。また、新婚旅行先のホテルから、「ママ、これからどうしたら良いの?」というのは怖い話しですね。いい年をした大人がこのようなことも判断できないのでしょうか?末恐ろしい気がします。

ろろ | URL | 2005/12/07(水) 00:33 [EDIT]
TBありがとうございました。

>正しいと思うこと、子供のためになると思うことを子供に強引に押し付けることです。

私もこれが分かるまで、なかなか子どもを引きつけることができませんでした。
そんなに難しいことではないと思います。ただひとつだけ、「子どもに好かれたい」と
思わなければいいだけのことなのだと思います。

子どもと友達のように仲良くしたい、というのは、未来を見据えた場合最悪の選択です。
権威を怖れなくなり、規範を内面化することが困難になります。
それでも仲良くしたい、というのは、結局ペット同様、我欲を満たす道具として子どもを
見ているからです。

そう考えると、戦後教育がすくすくと培ってきた「自己実現至上主義」が、ここにきて
入学式の時の桜のように満開なのだという気がします。

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