釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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DATE: 2012/04/28(土)   CATEGORY: 時事問題-日本
小沢裁判のドタバタと無罪判決の反響について
 日本国憲法の第76条には「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」とあり、また、第82条には「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」とある。
 しかるに、疑念があるにもかかわらず、その裁判を受けさせるか否か、すなわち「起訴・不起訴」を検察が密室で決定することは憲法の精神に違反しないか?
 そもそも、無罪か有罪かは裁判所が決めるべきであって、検察ではないはずだ。
 疑念が微塵も無いのならばともかく、疑念が一点でもあれば、公開の場で、裁判所が判断すべきで、その前に検察が判断すべきではない。
 しかしながら、「被疑者に裁判を受けさせる権限」言い換えれば「裁判所に裁判をさせる権限」を独占してきたのが検察である。
 しかも、その検察が、「裁判において被疑者を有罪に、しかも罰を最大限にする」べく義務を負っている。
 この二つを合成すれば、「有罪に出来ない事件は裁判所に送り込んでくるな」であろう。
 ならば、検察官も人間として「有罪ならば検察の勝ち、無罪ならば検察の負け」の思いが募ってくるのは自然の理である。
 その結果、
1.有罪にする自信が無い、若しくは有罪にしたくない場合は不起訴とする
2.一旦起訴したならば、何としてでも有罪を勝ち取る
ことになる。
 1については、検察審査会制度で多少是正されてきたが、今回は2の問題が噴出してゴタゴタしたのである。
 したがって、起訴・不起訴の判断について、第三者機関を置くか、裁判所にするか、とにかく検察から切り離すべきと考える。
 さもなくば、同じゴタゴタはなくならないであろう。
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