釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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DATE: 2008/11/15(土)   CATEGORY: 時事問題-日本
村山談話、河野談話は、黄門様の印籠か?
「由らしむべし、知らしむべからず」ではないが、
「根拠?そんなもの関係ない。兎に角、政府が決定したことは絶対なのだ。」
「文句を言うことは許さん!議論することは勿論、疑問を持つこと、考えることも全て罷りならん!」
「まして、寝た子を起こすがごとき問題提起をするなどとは不届き千万、打ち首獄門に処する!」

日本は近代国家から江戸時代に逆戻りだな。
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DATE: 2008/11/13(木)   CATEGORY: 政治-一般
日本の政府・政治家たちは宗教団体か?
 田母神氏の論文応募問題での国会討論その他のコメントを聞いていると、「政府見解に反するからいけない」との与野党・政府の一致した見解であるようだ。
 そして、その前提の下にシビリアンコントロール云々の論争を繰り返している。
 しかし不思議なことに、その政府見解については「問答無用で正しい」として一切触れることがない。

 田母神氏はその論文の中で、さまざまな文献を引用してその政府見解の問題点を指摘している。
 すなわち、その内容は田母神氏個人の見解ではなく、ある程度普遍化されつつある考えなのである。
 ところが一方の政府見解の元となった「村山談話」や「河野談話」には、その根拠とするモノが示されていない。

 にもかかわらず、相変わらずその村山談話等を金科玉条の如く振りかざし、「頭が高い、下がりおろう!」との態度。
 正に、「村山教」とでも呼ぶべき態をなしている。

 「村山談話」や「河野談話」は「経典」なのか?
 そして、政府や政治家たちは、その経典を押し戴く伝道師たちなのか?

 私には、今回における政府の一連の行動が、ガリレオ・ガリレイに対して問答無用の判決が下された宗教裁判と重なって映る。
 今日では世界中の誰も疑うことのない地動説を唱えことによりガリレオは裁かれたのである。
 其処にはガリレオの考えが正しいか否かの論議は一切なされなかったのだ。
 田母神氏に「持論を展開されないように、また、それを極力国民に知らせないように!」と、テレビ中継を禁止したことからも、私の思いは的を射ているようだ。

 政治は高度な社会科学である。
 村山談話等がなされた後に発見された新たな資料も多い。
 「そのために問題提起をした」と、田母神氏は主張しているではないか。
 一切を根底から問い直し、構築し直すべき絶好のチャンスではないのか?

 それとも、日本の今日の政治には、科学と言う文字など存在しないのか?

 万一、「田母神氏を論破する自信がなく論破される不安に苛まれていること」が原因ならば、国のためにはならないだけでなく、害悪となる。
 政治家など辞めたがいい。
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DATE: 2008/11/11(火)   CATEGORY: 時事問題-日本
シビリアンコントロールとはマインドコントロールのことか?
田母神俊雄前航空幕僚長が政府見解と異なる内容の論文を発表した件について、「シビリアンコントロールに反する」との政治家やマスコミの叫びには喧しいものがある。
一体、シビリアンコントロールとは何なのか?
何故、シビリアンコントロールが叫ばれるようになったのか?
軍隊の独走を許してきた歴史への反省から、シビリアンコントロールの概念が出てきたのではないのか?
いうなれば、軍隊としての行動である職務執行をコントロールすることがシビリアンコントロールではないのか?
田母神氏はその職務上、自衛隊組織やその構成する隊員をコントロールしたのか?
論文、それも自衛隊の職務執行とは直接関連性のない考えを発表することが自衛隊組織やその構成隊員をコントロールした事になるのか?
これらの「シビリアンコントロール云々」の論法は、風が吹けば桶屋が儲かる式の論法であると言わざるを得ない。

一方、論文の内容や考えがシビリアンコントロールに違反するとのコメントもある。
それこそ、思想信条をコントロールすべきとの論であり、シビリアンコントロールとはマインドコントロールということになってしまうのだが、それでいいのか?

自衛隊員の士気に影響するとの意見もあるようだ。
しかしながら、「思想信条も政府見解に右へ倣え!」、しかも日本人としての歴史や誇りを粉々に叩き潰す見解を「問答無用に呑め!」ということこそ士気への影響は甚大であるのではないか?
しかも、これもまたシビリアンコントロールとはマインドコントロールということになってしまうのだが。

何でもかんでもシビリアンコントロールと言えば通用するとなれば、これは既に宗教の世界である。

また、「不適切」なるコメントがあるが、不適切=違法行為ではない。
処分は違法行為があって初めて摘要されるのであり、不適切だからと処分するならば、法律は要らない。
何故ならば、今回さまざまな意見があるように、不適切とは多分に主観が入った判断だからである。
すなわち、不適切なる判断を以って処分することは、独断と偏見で処分することであり、法治国家の為すことではない。

「シビリアンコントロール」や「不適切」などの表現を以って、「問答無用!」と反対意見を封じ込めようとする態度は、自分たちの考えや行動に自信が持てない輩の常套手段である。
政治家や閣僚として国民の上に立つ者のやり方とは到底思えない。

何をそんなに怖がって、ビクついているのか?

今回の政府の、「速やかに処分を!」などと法律に基づく適正手続きを無視し慌てまくった様は、余りにも醜く、某元外務大臣が不法入国したならず者を取り調べもせずに鄭重に送り返した事件を思い浮かべざるを得ない。

このザマを見て、世界の常識人は呆れ返り、非常識人は手を叩いて喜んでいることであろう。

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DATE: 2008/11/07(金)   CATEGORY: 政治-一般
この日本は法治国家ではなかったのか? 田母神氏の件について
 田母神俊雄前航空幕僚長が、「日本が侵略国家だったとはぬれぎぬだ」などと、1995年当時の村山富市首相談話を踏襲する政府見解と異なる内容の論文を発表したとして解任・降格された。
 ところが、この手続きは、田母神氏が「懲戒に当たるかどうか議論したい」と言ったのに対し「論文に問題があるのは明らか。審理には長期間かかり、必要ないと判断した」として懲戒処分に関する審理を経ずに行われている。

 懲戒処分は一種の刑罰であり、法治国家においては罪刑法定主義が適用され、適正手続きに基づいてなされなければならないことは自明の理である。
 それにもかかわらず、今回の処分はその必要な手続きを一切省略してなされてしまった。

 その理由について防衛省は、「論文に問題があるのは明らか。必要ないと判断した」とコメントする。

 しかしながら、法律はその判断を正確なものとする為に「防衛大臣は(中略)審査会に対し(中略)調査を行うよう命じなければならない。」し、「(中略)懲戒処分を行おうとするときは、審査会の意見を聴かなければならない。」とされているのである。(自衛隊員倫理法第十二条)

 すなわち、「その判断が正しいか」、「どこかに隠れた問題点はないか」を調査し、「それではどの法令に違反するので、どの処分が妥当か」について複数の審査員の頭脳を持ち寄り、結論を導き出そうとするのであって、この考え方は国会における二院制、裁判における三審制に合い通じるものである。

 それらを一切否定する今回の防衛省の行為が許されるならば、「総理大臣が判断したから、国会の議決など必要ない」との極論さえ成り立ってしまうことになる。

 まして、「審理には長期間かかる」からと、法律を無視して勝手に処分を行うとは、正に法治国家の崩壊であり、メチャクチャと言わざるを得ない。


 ところで、田母神氏の論文発表は、防衛省がコメントするような「問題」、それも法令に違反するような点があるのであろうか?

 国家公務員法第八十二条には、懲戒処分可能事案の対象としてとして、
一 この法律若しくは国家公務員倫理法 又はこれらの法律に基づく命令に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
とあるのだが、

 国家公務員法第九十六条には、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し」とあるが、これには違反しない。
 同じく第九十八条は「法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」、「公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない」とあるが、これにも違反しない。

 一方、
自衛隊法第五十二条の「隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し」
また、自衛隊員倫理規程第一条の「自衛隊員としての誇りを持ち、かつ、その使命を自覚し」
に至っては模範的自衛隊員であると言うことが出きる。

 問題となるならば、
同じく国家公務員法第九十九条の「その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」
自衛隊法第五十八条の「いやしくも隊員としての信用を傷つけ、又は自衛隊の威信を損するような行為をしてはならない」
であろうが、これは多くの人が意見の分かれるところであろうし、正にここに審議会の存在意義があるのである。

 また、シビリアンコントロール云々の話もあるが、田母神氏は職務上自衛隊や隊員をコントロールしたのか?
 論文を発表することが何処にシビリアンコントロールに違反するのか?

 さらに、
日本国憲法第十三条には「すべて国民は(中略)公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
同じく第十九条には「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」、「(中略)一切の表現の自由は、これを保障する。」
と規定されている。
 田母神氏の行為はこの条文にピタリと一致するのだが、自衛隊員は例外か?


 穿った見方をすれば、
「審議会に諮れば処分できないだろうから、結論など出ないうちに処分してしまえ」だろう。
「懲戒に当たるかどうか議論したい」との田母神氏の要請を無視したことから見ると、あながち外れてはいまい。

 さらに、退職金が話題になるとマスコミや世論に責任転嫁して「返せ」とのたまう。

 今回の件は、田母神氏が法律に違反したのではなく、防衛省こそが法律に違反しているのである。

 法治国家としての日本は、何処に行ってしまったのか。
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