釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
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DATE: 2006/05/16(火)   CATEGORY: 政治-一般
またも明らかになった、中国のしたたかさと日本政府のアホさ加減  その2
第二次世界大戦当時においては、「化学兵器はその製造・所持を禁止されていなかった」のである。

引き続き、「正論」6月号に、「“遺棄化学兵器”は中国に引き渡されていた  残っていた兵器引継書」(ジャーナリスト 水間政憲)より、

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昭和二十年当時の化学兵器に関する国際条約を見ると、ハーグ宣言条文「使用ヲ各自二禁止ス」と陸戦法規条文「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」があった。これらの国際条約は、「使用」を禁じたのであり、各国軍隊の「保有」を認めていたのである。主要国は化学兵器を保有していた。また、ハーグ宣言では、敵が化学兵器を使用した場合には化学兵器による報復を禁止していなかったのである。旧日本軍が化学兵器を抑止力として、保有していたことは、国民を守る為であり、なんら恥じる必要のないことなのだ

衆議院外務委員会(平成十年四月十日)要約
松沢委員
「……現地調査とともに、例えば旧日本軍のこういう化学兵器の製造並びに使用にかかわった方々からの聞き取り調査とか、そういうことも同時並行でやられているのですか(以下略)」
阿南政府委員
こういう兵器の砲弾の性格ということもございますので、積極的に聞き取り調査というようなことは行っておりません(以下略)」

平成十五年十二月十三日付『しんぶん赤旗』は「戦争での化学兵器使用は禁止しましたが、生産・開発・保有などは禁止しませんでした」と、昭和二十年当時の国際条約を解説していた
阿南惟茂元外務省アジア局長が、国会で答弁したような隠すようなものではないのだ。
その意味で共産党のほうが、外務省より遺棄化学兵器問題の核心を衝いているのである。

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世界中ほぼすべての国が、植民地として統治する国と統治される国に区分されていた戦前において、統治する側に立っていた国の中で日本だけが悪い、けしからん、恥ずかしいと騒ぎ立てる。

東京裁判において、当時存在しなかった「平和に対する罪」や「人道に対する罪」をもって裁くという近代法治国家にあるまじき判決を今もって恭しく忍戴く。

そして、此処でもまた、禁止されていなかった戦争での化学兵器の生産・開発・保有を「こういう兵器の砲弾の性格…」などという表現をぬけぬけとなす。

これらすべて、政府・外務省の勉強不足、認識のなさなのか、それとも日本国民のためでなく外国、それも一部ならず者国家のために、日本国民から給料を盗み取りながら働いているのか、何れかしか考えられない。

(平成18年6月28日追加)
2006年06月26日付をもって、『こん』というブログに
「旧日本軍の毒ガス…靖国問題同等レベルへの発展の危機」とのタイトルで遺棄化学兵器の引渡し証拠写真情報が掲載されました。
http://konn.seesaa.net/article/6332011.html
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WANTED!「昭和天皇秘話」原本
「昭和天皇秘話」として、以下文章が永年小生の手元にある。

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一九四五年二月、岩田氏(広島県出身岩田幸雄氏)は、当時の杉山陸軍大臣私邸に招かれ、次の如くその胸中を聞かされたのです。
杉山『岩田君、君は軍籍の無い一民間人であるにも拘らず、この戦争では日本軍のために挺身して偉大な貢献をして呉れ心から感謝している。その労苦に報いるためにも、一日も早く新兵器(原爆)を開発し、劣勢を挽回すべく懸命の努カをしていたが、事情があって残念ながら新兵器製造は中止した。実は御上(天皇)から強いお叱りを受けたのだ。
君の提出して呉れた秘録映画から、各国が新兵器開発に血眼になっている様子がよく判り、自分としては猶予は許されず、製造を急がせていた。
そして完成すれば最初ハワイに落とし、その威力を示し、戦況を日本軍有利に導く計画であった。
わが日本軍がウランを入手し、新兵器開発が今将に現実のものとなった段階で、東條首相がその旨天皇陛下に上奏した。戦局は極めて困難な状況下にあり、起死回生の決定打として、天皇にお喜び戴けるものと思って申し上げたのだが、意外に強い口調で反対された。その理由として「数ヶ国が、新兵器開発を競っているとのことだが、日本が最初に完成し使用すれば、他国も全力を傾注して完成させて使用するだろうから、全人類を滅亡させることになる。それでは人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか。またハワイに投下する計画とのことだが、ハワイには日本の同胞が多数移住し、現地アメリカ人民と共に苦労し、今日を築きあげたところだ。そのような場所に新兵器を使用することは賛成できない」と申された。
東條首相は、天皇陛下の御意思に反することは出来ないということであったが、自分として敗戦となれぱ日本が滅びてしまい、全てを無くすと考え、製造促進を主張し意見が衡突した。〈中略〉
小磯内閣が誕生し、自分は再び陸軍大臣として入閣したので、飽く迄自分の責任に於て、秘密裡に新兵器開発を急がせていた。ところが、新兵器を積むロケットの燃料製造過程で誤爆事故が突発し、再度天皇陛下の知られるところとなった。
天皇陛下に呼ばれた私は、「まだやっていたのか!」と強くお窘めされ、誠に面目なく、これ以上開発を進めることは出来なくなった。私は日本が勝っても負けても、此の責任はとる覚悟だ。例え勝てたとしても、天皇陛下の大御心を煩わせた罪は万死に値する。更に多くの部下を死に至らしめた責任から逃れることはできない。
此処で話した事は誰にも話さないで呉れ給え。此の事を知っている者は、天皇陛下と東條と自分だ。何れにしてもその時が来れば、自決してお詫びする覚悟だ』
この貴重な一編の秘話こそ天皇の真実像を窺い知ることが出来、人類撲滅の核兵器を断固阻止され、八紘為宇、世界の恒久平和を希求されて止まなかった昭和天皇の御遺徳を偲ぶことができるのであります。

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この原本とされる『天皇と平和』(平成二年・広島県宮島情報協会発刊)を探しているのだが、心当たりの方はおられないだろうか?
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DATE: 2006/05/16(火)   CATEGORY: 政治-一般
此処でもまた、その場凌ぎの行き当たりばったり外交が
読売新聞(5月15日3時8分更新)によると、
“「職務重圧で自殺」上海領事館、遺体引き取り時に説明”
との記事
が、

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060515-00000001-yom-pol
 在上海日本総領事館の館員(当時46歳)が2004年5月、中国情報当局から機密情報などの提供を強要されたとの遺書を残し自殺した問題で、総領事館側が当時、遺体引き取りを円滑に行うため、中国警察当局に遺書の内容を伏せたまま、「自殺の動機は仕事の重圧」と説明する書類に署名していたことが14日、明らかになった。
 中国側はこの署名文書を「自殺事件と中国政府は無関係」と「脅迫」の事実を否定する根拠としており、日中両政府の主張が平行線をたどる最大の要因となっている。遺体引き取りを優先するための措置だったとはいえ、外務省の対応の是非が改めて問われそうだ


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何か小さなことでもいいから、日本外務省の存在意義を示す記事はないのか?
出てくる記事、出て来る記事、存在意義を自ら進んで否定する言動ばかり。
悪口は言いたくはないが、それにしても余りにも酷すぎる。


安倍晋三官房長官は否定したようだが、「狼と羊飼いの少年」の喩え通り、「またか!」と思わざるを得ない。

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またも明らかになった、中国のしたたかさと日本政府のアホさ加減  その1
「正論」6月号に、「“遺棄化学兵器”は中国に引き渡されていた  残っていた兵器引継書」(ジャーナリスト 水間政憲)として、「旧日本軍兵器引継書」が発見された旨の記事が掲載された。
取り敢えず冒頭の一部を引用、並びにその写真が掲載されたアドレスを記し、今後順次追加していくこととする。

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 私がこの史料を発見したのは山形県にある全国抑留者補償協議会(全抑協)の「シベリア史料館」であった。全体で六百冊にも及ぶ膨大な量のが永年、段ボールニ十四箱の中でほこりにまみれて眠っていたのである。それは、平成七年に死去した斎藤六郎・元全抑協会長が一九九〇年代に、ロシア各地の公文書館などから、合法的に日本へ持ち帰ったものであった。
 そこには、旧日本軍が中国全土で、終戦直後に、整然と武装解除に応じ、“何の例外もなく”中国側へと引き渡したことが記されている。もちろん「化学弾」も例外ではない。
1.http://vista.x0.to/img/vi4662896961.png
2.http://vista.x0.to/img/vi4662882015.png
3.http://vista.x0.to/img/vi4662885120.png
4.http://vista.x0.to/img/vi4662888118.png

(引用文追加)

 今回発見した旧日本軍兵器引継書は、北支那方面軍、第一軍、十二軍、駐蒙軍、四十三軍、十一軍、二十軍、十三軍、六軍、二十三軍、直轄師団すべてを綱羅している
 ポツダム宣言を受諾後の旧日本軍は、敗戦の混乱の中でも厳粛に国際条約を履行していたのである。
 数々の引継授受書の中には、ケント紙一枚単位まで記述されているものもある。水ももらさぬ几帳面さで引継作業をした日本人……。

 日本側の史料としては、関東軍の極秘文書もシベリア史料館には大量に所蔵されている。その文書の中に、関東軍総司令官、山田乙三が、昭和二十年九月一日に天皇陛下に上奏した『作戦並停戦の状況』によると、チチハル市が位置する旧満州西北方面は、「八月十七日朝ヨリ」そして、今問題になっている同東方面に位置するハルバ嶺は「八月十七日夜ヨリ」完全に武装解除されたことを報告しているのである。
 それらを補足する資料としては『関東軍方面停戦状況二関スル実視報告ノ件』(大本営朝枝参謀、昭和二十年八月二十六日)によると、「関東軍保有ノ総テノ兵器、弾薬、軍需品、軍事諸施設ハ悉皆良好ナル状態二於テ『ソ』側二引渡セリ」となっている。

 引継書には「電気スタンド」、「アイロン」まで記されていた。旧日本軍の几帳面さがよくわかる

 現在、中国が日本に廃棄を押し付けている遺棄兵器は、中国国民党が残置した接収兵器と、中国がソ連から移交された旧日本軍の兵器で、不必要になったもの、そして、一部ソ連が遺棄したものと理解するのが自然なのである。

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当時の日本人兵士たちが、如何に秩序正しく中国やソ連軍に対して武装解除に応じたか、小物に至るまで一切ネコババなどすることなしに武士道を貫いたかを知るとき、感激して涙がこみ上げて来る。

これらを見るとき、南京大虐殺など嘘であったことが、改めて確信できる。

其れに引き換え、戦後の、そして今の政治家たちの何とだらしないことか。


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最早、「信賞必罰」は死語と成り果てた
春の叙勲で村山富市・元首相(82)が最上位の桐花大綬章を受章した。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060429k0000m040196000c.html

そこで、インターネット上、あちこち覗いて見るが、
「おめでとう」という語にさっぱり出くわさない。

それどころか、非難轟々たる有様。
幾つか引用させて貰う。

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村山は社会党を崩壊させたので、ある意味快挙だ

阪神大震災のとき国民を見殺しにし、自衛隊を出動させるのを遅れさせた元社民党のクソ左翼氏ねよ
その点においては大勲位中曽根元首相は偉いよな。昭和61年の三原山大噴火の際には会議ばかりして結論を出さない国土庁をシカトして自己の判断と責任で自衛隊を派遣した。おかげで一万人もの島民がわずか一晩で脱出できた。

村山くらいだらしない首相はいなかった。こんな人間に勲章を与えることなどそもそも勲章制度への冒涜だ。勲章は「戦場で功労」のあった人だけに限定すべきだ。猫も杓子も勲章では価値が下がるだけだ。こんなことなら賞勲局を廃止して役人を減らした方が良い。

7月16日午後5時40分ごろ、大分市王子中町の交差点で、村山富市元首相(81)の乗用車が、自転車に乗っていた9歳の子どもと衝突。子どもは手や足に軽傷を負った。
村山元首相にけがはなかった。
大分中央署の調べでは、村山元首相は車に1人で乗っていた。
現場は信号機のない交差点で、村山元首相の車は左折しようとして自転車と衝突した。
同署は村山元首相の安全確認が不十分だった可能性もあるとみて調べている。(共同通信)

彼の行いを風化させない為の皮肉だろ。

村山は、地震で家具に挟まって動けなくなった人が、助けが来るから頑張ろうと思ってる最中、
「新党さきがけのヤツから電話があったけど、あいつはおおげさなヤツだから」
と、自衛隊の大幅増員を見送ったクズ。
出動させてから、おおげさだったと注意すればいいだろうに。
しかも、こいつ、阪神淡路大震災に対して謝罪は?って聞かれたら
「なんでボクが謝罪しなくちゃならないの?」
だって。

阪神淡路大震災で村山は何故、自衛隊員3000人限定というバカな枠をつけたのか?しかも未曾有の大惨事と判明してからも二日間もそのまま枠を外していない。死んで行くニュースを見て聞いて、待機した自衛隊は涙したという。

阪神大震災で自衛隊を早期出動させず(政党と本人の理念で)多くの人々をあの震災後の火災で殺し、今も苦しむ人を作る結果となった「北朝鮮の拉致は無い」という首相としての発表。

米軍の支援を拒否したのも許せない。
あのとき米軍は災害救助のノウハウを持っていて機材も最新だった。
あの非常時に拒否する神経が理解不能。アメリカ側が拒否と聞いて、唖然として声も出なかった。
「人命を救うのに理由などあるのか」と、何度詰め寄っても拒否した。

自衛隊の松島元中部方面総監はある週刊誌とのインタビューでこう語っている。
「やるべきことは全部やって、その上でこれしかできなかったというなら、ある意味であきらめもつきます。だけどね、やることもやってなくて・・・と思うと、死んだ方に対して人間として申し訳ないと思ってしまうんです。特に人命救助というのはですね、助けに行った人間が痛切に助けてやりたいと思うんです。そして現場にいて助けてやれなかった時、さらにもう少し早く着くことができればと思える時、どうしても悔しさがこみあげてくるものなんです。」

以上 http://milfled.seesaa.net/article/17197337.html


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戦後50周年「村山談話」を発表。世界の失笑を買うとともに、従軍慰安婦を何の根拠も無いまま認める。「アジア女性基金」を設立し200万円をばらまく。

阪神淡路大震災で自衛隊の投入を遅らせさらに人数を制限する、米軍の救援を拒絶、多くの被災者を殺す。「なにしろ初めてのことじゃったから、早朝じゃったから」

オウムの異常性反社会性を知りながら、地下鉄サリン事件を阻止出来ず。破防法適用も見送り

北朝鮮による拉致は無いとし、河野洋平とともに北朝鮮にコメ支援をした

社会党を壊滅状態させた

81歳で車を運転小学生をはねる。

以上 http://mougen.seesaa.net/article/17202113.html


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今問題の北朝鮮拉致の実行犯で、最近日本が要請した国際手配人の辛光洙(シン・ガンス)が韓国に囚われた際、その釈放を韓国大統領に1989年に133名の日本の国会議員が要請したシンガンス釈放嘆願書に署名した一人であることです。

以上 http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-170.html


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村山元首相というと阪神大震災を思い出す。首相として危機管理の一番大切な時に最高責任者として自衛隊の出動を早めることができず、海外の救助犬(フランスかな)を足どめし、多くの人命を救うことができなかった首相である。

 阪神大震災の視察においても靴を履いたまま避難所に入り、嫌がられていた。こんな人が春の叙勲とは。私はがっかりした。せめて辞退したらと思った。

以上 http://diarynote.jp/d/71658/20060429.html


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これらの中で唯一の功績は、「社会党を崩壊させた」こと。

つまり、
「総理大臣という地位にあったというだけで、交通事故で人を撥ねようが、失政で何千人の人が死のうが日本国で最高の表彰を受けることが出来た」
のである。

表彰とは、行いに対して、功績に対して与えられるものではなかったのか?

「信賞必罰」の最たるものではなかったのか?

これでは、
「どんなことをしても地位を確保すれば叙勲にありつける。名誉を勝ち取れる。」
との風潮にますます拍車がかかる。

汚職をしようが、人を蹴落とそうが、貶めようが、地位にしがみ付きさえすれば後は何とかなるのである。

必死で真面目に生きても、地位がなければ、名誉はない。
馬鹿を見るだけ。

日本の国は、恥も誇りもない、つまらない世の中になり下がってしまったようである。
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DATE: 2006/05/03(水)   CATEGORY: 時事問題-世界
何をかいわんや、中国のこの偽造・捏造の規模
先ずは次の記事をご覧いただきたい。

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【香港】NECを会社丸ごと「偽造」、中国で発覚
http://nna.asia.ne.jp.edgesuite.net/freetop/top/free_hkd_daily.html
(部分的に引用)
 NECのブランド製品だけにとどまらず、NECという会社組織を丸ごと偽造していた集団がこのほど発覚し、業界関係者を仰天させている。同集団は「NEC」として活動し、中国本土、台湾、香港などで50カ所以上の製品工場ネットワークを築き上げていたようだ。

製造や販売だけでなく、調達業務などまで組織的に「NEC」として活動。製品は比較的「良質」だったが製品保証はしなかったため、正規のNEC側が偽物商品についての苦情まで受けていたという。

従業員はNECの名刺も持ち歩き、外部リサーチを依頼したり、独自の製品開発なども行っていた

ブランド自体を乗っ取ろうとした事件といえる

多くの工場は、大元締めの偽造集団からNEC製品の生産ライセンスを得たと思い込んで稼働していたという。
(NNA) - 5月3日8時0分更新

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中国は、日本と違い政府がOKしなければ何事も前に進まない国である。
ということは、ここまで大々的にやる以上、政府が絡んでいることは間違いないであろう。

李鵬首相(当時)が語る「20年も経てばこの地球上から消えてなくなる」日本のNEC本家に替わって、その暁に本物のNECとして活動するための予行演習でもしていたのだろうか?

北朝鮮には、工作員を養成するために日本の銀座だったか部分的に都市をそっくり真似たセットが存在するというが、中国はやはり親分だけあり、その上を行くようだ。
そのうち、日本の国そのものを偽造してしまったりして…。

ここまでくれば、中国には果たして信じることの出来る言動が存在するのだろうかと改めて疑わざるを得ない。

「南京大虐殺など、当然、嘘である」ということを、中国自らが証明してくれているようなものである。
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