釣りキチおやじの言いたい放題
心の伝統文化をも捨て去ろうとしているこの日本、 荒波にもまれて何処へ行くのか! ただ指を咥えて傍観しているわけにもゆくまいて。 はてさて、どうしたものであろうかのう?
DATE: --/--/--(--)   CATEGORY: スポンサー広告
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
日本人と宗教心
 世界の国々には、善悪の基準、行動の基準、さらに精神の基礎として宗教があります。絶対的善悪を判断すべき価値基準は、本来宗教がその役割を担っているのです。宗教の名において教育が行われ、アメリカ合衆国大統領といえども聖書に手を置いて、就任の宣誓を行うことは有名な事実です。
 それらの国々の宗教は、基本的に一神教であり、崇拝の対象も一つです。

 一方、日本古来の宗教と言われる『神道』では、神社に神が居られるのは当然ですが、その他、「山に」も、「海に」も、「川に」も、「井戸に」も、「便所に」まで、至る所に、それぞれ別々の神が御座します。『八百萬の神』といわれる所以です。
つづきを表示
スポンサーサイト
[ TB*8 | CO*8 ] page top
内閣総理大臣の靖国神社参拝と日本国憲法
 日本国憲法第二十条には、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」とあるが、内閣総理大臣の靖国神社参拝は、特権を授け、又は政治上の権力を行使したことになるのか。単に参拝したくらいでそんな大げさな!これを古より「針小棒大」という。
つづきを表示
[ TB*7 | CO*1 ] page top
戦没者追悼施設新設計画案の裏
 近年、靖国神社問題に関して『戦没者追悼』を宗教を離れて行う施設を造る計画案が、政府をはじめとして論じられている。
 しかしながら、『死者の追悼(死者を偲んで、いたみ悲しむこと…広辞苑より)』は、『「死後の世界」や「霊魂」などを肯定する「宗教」があって初めて存在する』概念。したがって、たとえ愛車といえどもその自動車が壊れてしまえば、追悼しようとする「敬虔な」気持ちなど起こらないのと同様、宗教を離れては、既に「人格を失った」死体はゴミに過ぎない。
つづきを表示
[ TB*26 | CO*2 ] page top
靖国神社の合祀は、日本の文化
中国等では、死んだ人間に対して恨みがあるとその死体を切り刻んだり、唾を吐きかけたりする風習があると聞く。
しかしながら、日本では、そのような風習は無く、むしろ敵味方の区別なく手厚く葬ってきた。
「死者に鞭打ってはならない!」この言葉は、私たち日本人に脈々と受け継がれ、心に深く刻まれている。
つづきを表示
[ TB*2 | CO*1 ] page top
Copyright © 釣りキチおやじの言いたい放題. all rights reserved. ページの先頭へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。