日教組の策略?と、その失敗
この度、プリンスホテルが日教組の教育研究全国集会の会場提供を契約後に断ったことで全体会が中止になったとして、日教組がプリンスホテルや役員らを相手取って3億円超の損害賠償を求める訴訟を14日に東京地裁に起こすとのことである。
→http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/129708/
これは、日教組は昨年5月に使用申込契約を結んだが、プリンス側は同11月に契約を解除したため日教組は会場使用を求めて仮処分を申請し、東京地裁と高裁が仮処分を決定したにも拘らずプリンスホテルがあえて使用させなかったことを受けてのこと。
ところで、プリンスホテル側は次の通り述べている。(以下要点のみ抜粋)
→http://news.livedoor.com/article/detail/3551464/
周囲は住宅密集地で病院、学校など公共施設も多い。そこで開催された場合、街宣車の大騒音や周辺道路が封鎖されることで交通が麻痺し、大混乱に陥ると判断した。
同集会の前日、当日の2月1、2日は当ホテルの半径2キロメートル圏内で入試があり、約7000名の生徒さんが受験する予定だったことだ。当ホテルにも受験生450人が宿泊していた。
厳戒態勢のなか、身分証明書を提示して検問を通過し、大騒音のなかで受験しなければならなくなったら、受験生やご家族の長い間の努力の成果が存分に発揮できるだろうか。
必死に頑張ってきて極度の緊張のなかにいる受験生を、物々しい厳戒態勢と大騒音のなかに送り出すわけにはいかない。
「基本的人権」も大切だが「公共の福祉」も同じように大切であると、われわれは考えた。
全体集会は過去にどのプリンスホテルでも経験はなく、(このため判断が甘かった点はあろうが最終的に)私たちは、お客様、近隣の方々の安心安全を優先した。苦渋の決断だった。
―以上、引用―
プリンスホテルの対応は、極めて良心的ではないか。
しかしながら、これに対する日教組の対応は、(以下、同じく抜粋)
(「受験生への配慮」について、日教組からは)特別の反応はない。
とのこと。
さらに、プリンスホテルは、
「誤解を恐れずに言えば、全体集会を取りやめたのは日教組側だ。解約した11月から今年2月まで3ヵ月間あった。代替会場を探す余裕はあったのではないか。」
とも述べていて、質問した報道関係者も「実は代替会場は確保されており、それがあえてキャンセルされたという情報もある」とも述べている。
不思議なのは、日教組は「何故ここまでプリンスホテルに拘ったのか?」ということだが、
これらから穿った見方を以って推察すると、日教組は、
1.プリンスホテルの人の良さにつけ込んで全体集会を行い
2.右翼の街宣車を回りに集結させて大音響での街宣活動を行わせ
3.受験生たちを初めとする人たちに甚大なる被害を与えさせ
4.世論をして右翼を非難させ
5.日教組も同じ被害に遭ってきたことを国民にアピールし、同情をかう
ことを狙っていたのではなかろうか。
そうでなければ、仮処分を申請するまでして会場を確保しようとしたにも拘らず「確保されていた代替会場をあえてキャンセル」した理由が見当たらない。
又、プリンスの「一部に誤解があるのだが、警察に警備を要請するのは日教組であり、われわれではない。」との発言もこの見方を補強する。
したがって、仮処分を申請したことは単なるパフォーマンスに過ぎなかったのではないか?
この日教組の策略にまんまとしてやられ、協力させられたのが、
「当初から、受験生への配慮が解約の最大の理由だったことをプリンスホテル側は説明していたが、ほとんどのメデイアは報道のなかで触れてこなかった。」(プリンスに質問した報道関係者)
といわれるマスコミである。
この日教組の策略を反故にさせたプリンスホテルに拍手を送りたい。
→http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/129708/
これは、日教組は昨年5月に使用申込契約を結んだが、プリンス側は同11月に契約を解除したため日教組は会場使用を求めて仮処分を申請し、東京地裁と高裁が仮処分を決定したにも拘らずプリンスホテルがあえて使用させなかったことを受けてのこと。
ところで、プリンスホテル側は次の通り述べている。(以下要点のみ抜粋)
→http://news.livedoor.com/article/detail/3551464/
周囲は住宅密集地で病院、学校など公共施設も多い。そこで開催された場合、街宣車の大騒音や周辺道路が封鎖されることで交通が麻痺し、大混乱に陥ると判断した。
同集会の前日、当日の2月1、2日は当ホテルの半径2キロメートル圏内で入試があり、約7000名の生徒さんが受験する予定だったことだ。当ホテルにも受験生450人が宿泊していた。
厳戒態勢のなか、身分証明書を提示して検問を通過し、大騒音のなかで受験しなければならなくなったら、受験生やご家族の長い間の努力の成果が存分に発揮できるだろうか。
必死に頑張ってきて極度の緊張のなかにいる受験生を、物々しい厳戒態勢と大騒音のなかに送り出すわけにはいかない。
「基本的人権」も大切だが「公共の福祉」も同じように大切であると、われわれは考えた。
全体集会は過去にどのプリンスホテルでも経験はなく、(このため判断が甘かった点はあろうが最終的に)私たちは、お客様、近隣の方々の安心安全を優先した。苦渋の決断だった。
―以上、引用―
プリンスホテルの対応は、極めて良心的ではないか。
しかしながら、これに対する日教組の対応は、(以下、同じく抜粋)
(「受験生への配慮」について、日教組からは)特別の反応はない。
とのこと。
さらに、プリンスホテルは、
「誤解を恐れずに言えば、全体集会を取りやめたのは日教組側だ。解約した11月から今年2月まで3ヵ月間あった。代替会場を探す余裕はあったのではないか。」
とも述べていて、質問した報道関係者も「実は代替会場は確保されており、それがあえてキャンセルされたという情報もある」とも述べている。
不思議なのは、日教組は「何故ここまでプリンスホテルに拘ったのか?」ということだが、
これらから穿った見方を以って推察すると、日教組は、
1.プリンスホテルの人の良さにつけ込んで全体集会を行い
2.右翼の街宣車を回りに集結させて大音響での街宣活動を行わせ
3.受験生たちを初めとする人たちに甚大なる被害を与えさせ
4.世論をして右翼を非難させ
5.日教組も同じ被害に遭ってきたことを国民にアピールし、同情をかう
ことを狙っていたのではなかろうか。
そうでなければ、仮処分を申請するまでして会場を確保しようとしたにも拘らず「確保されていた代替会場をあえてキャンセル」した理由が見当たらない。
又、プリンスの「一部に誤解があるのだが、警察に警備を要請するのは日教組であり、われわれではない。」との発言もこの見方を補強する。
したがって、仮処分を申請したことは単なるパフォーマンスに過ぎなかったのではないか?
この日教組の策略にまんまとしてやられ、協力させられたのが、
「当初から、受験生への配慮が解約の最大の理由だったことをプリンスホテル側は説明していたが、ほとんどのメデイアは報道のなかで触れてこなかった。」(プリンスに質問した報道関係者)
といわれるマスコミである。
この日教組の策略を反故にさせたプリンスホテルに拍手を送りたい。
天体・原子の大きさ比較
教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会の虚実
教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会に関して、
読売新聞の記事には、
集団自決が日本軍の関与なしに起こり得なかったとする大会決議を採択
吉川嘉勝さん(68)は、(中略)軍の関与があったとの認識を強調
→http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070929it13.htm
毎日新聞では、
仲井真知事も「日本軍の関与は覆い隠すことのできない事実」
→http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070930k0000m040064000c.html
朝日新聞は、
「教科書から軍の関与を消さないでください。」
→http://www.asahi.com/national/update/0930/TKY200709300001.html
と、書かれている。
これらの何処にも『軍の関与』の記述はあっても、『軍に強制された』との記述はない。
強いて見い出そうと試みるならば、
「兄は軍の玉砕命令が下りたと言っていた」軍の命令をうかがわせる新たな証言(毎日新聞)
であるが、これはあくまでも伝聞である。
当時、多くの沖縄の人たちが関係していたにもかかわらず、強制に関する直接的証言が皆無なのである。
ましてや、
津嘉山さんは会場の参加者に語りかけた。「死を求める住民が毒の入った注射器の前に列をなし…。」(朝日新聞)
との記事は、強制されてではなく、『住民自らが求めた』との証言ではないか。
「東京を始めとする無差別絨毯空爆を行うようなアメリカ軍の捕虜になればとんでもないことになる。自決したほうが…。」との噂が広まり、
「自決するには武器が要る。」、「それでは、軍のを使えばよい。」とのやりとりは同じ日本人どうし、当然あったと推測できる。
したがって、消極的な部分での関与まで否定は出来ないだろうから、
「『軍の関与があった』との記述を求める」のならば、話はわかるが、
此処から直ちに、
「大会は旧日本軍の命令、強制、誘導などの表現が削除された教科書検定を厳しく批判。検定意見の撤回と集団自決を巡る強制性の記述回復を求める…。」(毎日新聞)
がどうして出て来るのか?
「社会・歴史教科書の記述は、国語で教える日本語の使用法に忠実でなくても良い。」
とでも言うのだろうか?
日本語の使い方が乱れていると言われる。
「乱れついでにドサクサに紛れて、何が何でも圧力をかけて押し通せ!」との意図か?
これでは、テロだ!
読売新聞の記事には、
集団自決が日本軍の関与なしに起こり得なかったとする大会決議を採択
吉川嘉勝さん(68)は、(中略)軍の関与があったとの認識を強調
→http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070929it13.htm
毎日新聞では、
仲井真知事も「日本軍の関与は覆い隠すことのできない事実」
→http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070930k0000m040064000c.html
朝日新聞は、
「教科書から軍の関与を消さないでください。」
→http://www.asahi.com/national/update/0930/TKY200709300001.html
と、書かれている。
これらの何処にも『軍の関与』の記述はあっても、『軍に強制された』との記述はない。
強いて見い出そうと試みるならば、
「兄は軍の玉砕命令が下りたと言っていた」軍の命令をうかがわせる新たな証言(毎日新聞)
であるが、これはあくまでも伝聞である。
当時、多くの沖縄の人たちが関係していたにもかかわらず、強制に関する直接的証言が皆無なのである。
ましてや、
津嘉山さんは会場の参加者に語りかけた。「死を求める住民が毒の入った注射器の前に列をなし…。」(朝日新聞)
との記事は、強制されてではなく、『住民自らが求めた』との証言ではないか。
「東京を始めとする無差別絨毯空爆を行うようなアメリカ軍の捕虜になればとんでもないことになる。自決したほうが…。」との噂が広まり、
「自決するには武器が要る。」、「それでは、軍のを使えばよい。」とのやりとりは同じ日本人どうし、当然あったと推測できる。
したがって、消極的な部分での関与まで否定は出来ないだろうから、
「『軍の関与があった』との記述を求める」のならば、話はわかるが、
此処から直ちに、
「大会は旧日本軍の命令、強制、誘導などの表現が削除された教科書検定を厳しく批判。検定意見の撤回と集団自決を巡る強制性の記述回復を求める…。」(毎日新聞)
がどうして出て来るのか?
「社会・歴史教科書の記述は、国語で教える日本語の使用法に忠実でなくても良い。」
とでも言うのだろうか?
日本語の使い方が乱れていると言われる。
「乱れついでにドサクサに紛れて、何が何でも圧力をかけて押し通せ!」との意図か?
これでは、テロだ!
自民党は、丸ごと騙されるのか?
今回の安倍首相の突然の辞任は、世界中を驚かせるほど不可解であった。
そのため、さまざまな情報が飛び交い、安倍首相は暴力団から脅されていたとの情報まである。
しかしながら、さらに不可解なのは、自民党の派閥ぐるみの麻生包囲網である。
その根拠とされたのが、「麻生クーデター」説であるが、本当であろうか?
真実は、『中国の「対日政治工作」』(http://izariuo.blog32.fc2.com/blog-category-15.html)の『一連の集大成』、と見るのが正解ではなかろうか。
『朝日新聞が福田政権誕生を心待ちにしている』旨の次の情報からもそのように推測される。
朝日新聞内には北京オリンピックを昂揚させる宣伝部局が設置されている。
その次長が参院選挙前に次のように語ったと聞いている。
次長 今回の選挙で安倍政権を退陣に追い込む
聞き手 民主党政権を受け皿にするつもりなのか
次長 民主党ではない。福田政権ができればよい。
(http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1028.html#more)
そうでなければ、
「上海領事館の自殺事件を小泉に知らせず、もみ消し」
「北朝鮮の不審船の引き上げを中国政府の意向を組んで必死に妨害し」
「中国原潜の領海侵犯の報告を遅らせ」
「アンマン空港のゴミを税金で救い」
「尖閣諸島に上陸した中国人活動家を起訴せずに送り返し」
「拉致被害者家族に、「うるさい!黙りなさい!あんたのところは生きているんでしょう」と怒鳴りつけ」
「女系天皇容認にも熱心で、(略)「男系維持派は相当、頭が悪い」と言い放ち」
「防衛庁(当時)・自衛隊にも本当に冷淡(略)小泉氏の代わりに防衛庁で訓示を述べた際にも、不祥事に対する叱責ばかり」
「官邸側の防衛庁への指示不徹底、連絡不足をすべて防衛庁のせいにし(略)その反面、外務省はやたらと大事にし」
(以上、「くちべた日本人の情報の間」http://blog.goo.ne.jp/kuchibeta1966/より)
集団レイプ事件に関し、「女性にもいかにも『してくれ』っていうの、いるじゃない」「そういう格好しているほうが悪いんだ。男は黒豹なんだから、情状酌量ってこともあるんじゃないの」と言って、社会民主党・共産党から追及され、→http://www5.sdp.or.jp/central/timebeing03/moushiire0704.html
→http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-07-09/02_04.html
挙句の果ては、
福田長官がやめた本当の理由は国民年金の未納問題ではなく、国会議員になる以前に厚生年金に加入していたが、これが勤務実態がないのに某会社に勤務していたことにして、厚生年金に加入していたという詐欺の疑惑が出てきたのだ。
もしこの厚生年金の期間を詐称して年金を受け取った場合は、詐欺になる。マスコミがこの事実をつかんで、問い合わせたので、あわてて辞任ということになった
(略)
国会議員になってからの納入期間に限定したのは、こういう不正が発覚するのを恐れていたからだ。
三閣僚の未納が発覚した後に社会保険事務所に「国会議員の名前で勝手に照会をするな」とアクセス禁止を通達している。
(同じく、「くちべた日本人の情報の間」より)
などとされ、日本の国、国民のためになる功績をとんと聞いたことがない福田氏を、自民党派閥が挙って応援する理由が見い出せない。
つまり、
マスコミは言うに及ばず、自民党までもが丸ごと騙されたと考えるのが妥当だろう。
当然、目指すは「日米の分断」から始まって、「台湾の中国併合」、「沖縄の中国移譲」、最後は、「中国による日本の併合」である。
あるいは、「中国による朝鮮半島併合」までいくかもしれない。
勿論、拉致被害者対策などは、福田氏の過去の言動から見ても判るとおり、無視。
この考えを裏付けるかのように、
『安倍晋三の退陣と「麻生クーデター」説の怪(2007/9/19)』としてNIKKEI NETに記事が掲載されている。
(http://www.nikkei.co.jp/neteye5/shimizu2/20070918nea9i000_18.html)
以下、少々長いが、全文引用させていただく。
「誰がそんなことを言っているんだ?そんなことはない」。東京・信濃町の慶応大病院。入院中の首相・安倍晋三はベッドの上で少なくとも2回、こうつぶやいている。「そんなこと」とは「麻生クーデター」説である。参院選大敗後も安倍を支え抜くとささやいた自民党幹事長・麻生太郎が実際は内閣改造人事や政権運営で首相の実権を奪い取り、安倍は「だまされた」と叫んで政権を投げ出した――。ポスト安倍政局で一夜にして麻生を劣勢に追いやったこの「物語」を安倍自身がいま、否定する。検証すればするほど、奇怪な裏側が見えてくる。
参院選当日から敷かれていた「麻生包囲網」
「麻生クーデター」説は12日午後、安倍が辞意を表明した直後から流れ出した。「安倍が11日に面会した自民党の有力議員に『麻生にだまされた』と漏らした。突然の辞意は権力を簒奪(さんだつ)した麻生へのせめてもの抵抗であり、憤死なのだ」と言う骨子だった。さらに自称「安倍の最側近」までが同様の「だまされた」説を口にしていると言う。誰もが一目置く「有力議員」や「安倍最側近」が発信した情報と受け止められたからこそ、瞬く間に永田町に広まった。それだけではない。「麻生クーデター」説が浸透しやすい政治的な素地が確かにあった。
まず麻生自身に戦略的な失敗があった。麻生は12日午後の記者会見で、10日夕の党役員会後に安倍から辞意を打ち明けられていたと明かした。自身の出馬について聞かれると「ガハハハ、まだ聞くのは早すぎるし、答えるのも早すぎる」と場違いな笑顔を見せた。ポスト安倍の総裁選の日程を「14日告示−19日投票」と言う超短期決戦でまとめようとしてもいた。ここから2日前に安倍の辞意を知ったうえで「ここは緊急事態なので麻生しかいない」と安倍後継への一気呵成の流れを周到に仕組んだのではないか、と疑心暗鬼が渦巻いた。
大敗した7月29日の参院選当日、真っ先に安倍と協議して続投の流れを決めたのも麻生だった。「福田後継」も考慮していた元首相・森喜朗、前参院議員会長・青木幹雄らは先手を打たれ、不快感を募らせた。麻生は改造人事で幹事長を射止め、安倍の相談相手となって官房長官・与謝野馨、国会対策委員長・大島理森など中枢ポストの人選までも主導した。安倍周辺からパージされた旧「チーム安倍」の面々や、ポストにありつけなかった当選1回の小泉チルドレンに至るまで「やりすぎだ」と党内横断的に麻生批判がくすぶっていた。
8月27日の改造内閣発足後、老練な「麻生−与謝野ライン」が政権運営の実権を掌握し、安倍は「カヤの外」に置かれたとの観測が広がった。麻生が安倍の意向をくむかのように郵政造反組の大物、元経済産業相の平沼赳夫の無条件復党に動き、チルドレンだけでなく、前首相・小泉純一郎とその周辺にも麻生不信が強まった。小泉は「自民党は衆院で圧倒的多数を占めているのに、復党させて何のメリットがあるのか」と怒っていた。麻生が安倍に寄り添い「AA連合」と誇示すればするほど、潜在的な「麻生包囲網」は広がっていったのだ。
「安倍カヤの外」「与謝野官邸」説の虚実
ただ、「包囲網」を招き寄せた麻生の自業自得と、安倍退陣の「麻生クーデター」説はまるで次元の違う問題だ。「麻生−与謝野ライン」が辣腕を見せつけ、安倍を棚上げした好例とされる一つは9月3日の前農相・遠藤武彦の更迭劇である。安倍が「カヤの外」だったわけでは全くない。1日の朝刊報道で補助金の不正受給問題が発覚すると、安倍はすぐ遠藤の更迭と現農相・若林正俊の起用を決め、土曜日だったその日のうちに指示を下している。麻生も更迭論に傾いていたが、与謝野は遠藤の様子も見て慎重な取り運びを思案していた。
ここは安倍の意向を受け、与謝野が官房長官として「受け身の調整役」に徹した場面だった。遠藤更迭が確定したのは翌2日昼の麻生、与謝野、大島の3者協議の場である。安倍には早く遠藤を切り捨て、指導力を発揮した体裁を取りたい気分ものぞいたが、任命責任論で返り血を浴びかねないリスクがあった。そこで、麻生ら3者は与謝野がもう一度、遠藤と面会し、遠藤が自発的に辞任する形式を整えるためにひと呼吸置いた。安倍を矢面に立たせず、早すぎず、遅すぎない対応に腐心したのだ。翌朝、遠藤は安倍に辞任を申し出た。
「麻生クーデター」説の別の有力な論拠は当初の「19日投票」と言う超スピードの総裁選日程案だ。これも麻生が決めたのではない。原案をつくったのは自民党幹事長室だが、最終判断を下したのは安倍本人だ。「19日投票」は20日の首相指名と組閣を経て、24日からニューヨークでの国連気候変動ハイレベル会合(首脳級)や国連総会に新首相が出席するという前提で組み立てた日程だった。気候変動の会合は来年の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)に向け、地球環境問題の首脳級討議のキックオフとなる重要な場である。
12日午後、辞意表明の記者会見を終えた安倍に、ある官邸スタッフが注意を促した。「総裁選の段取りですが、麻生幹事長も候補者の1人になる可能性があるので、お手盛りで決めたという印象を持たれるのは避けないと……」。遠まわしに「14日告示−19日投票」案の危うさを指摘したのだ。安倍は語気を強めて反論した。「麻生さんは『候補者』でしょう」。そして断を下した。「この日程(19日投票)でいい」。麻生は「後継候補の1人」ではなくまぎれもない「後継候補」なのだ。こう言い切った安倍の姿と、「だまされた」発言説は両立しにくい。
「中川秀直前幹事長が11日に安倍首相に会っている。中川氏から森氏に(辞意について)電話が行ってという段取りになっているはずだ。その段階で(森氏も)知っていたはずだ」。麻生は16日、民放テレビに出演して森や中川秀直も安倍の辞意を表明前日までに察知していたはずだ、と反撃に出た。首相官邸の留守居役として総裁選では局外中立に徹している与謝野も18日の会見で、麻生とひとくくりに「クーデター」関係者扱いを受けたことに「首相を支える任務に違反した行動を取ったことは一度もない」と全面否定した。
中川・武部が福田に「小泉チルドレン」誘導
安倍の「だまされた」発言説と、全く相反する「そんなことは言っていない」という病室でのつぶやき。安倍親衛隊も福田と麻生に割れている。中川秀直は「反麻生」の立場で小泉チルドレンに結束した行動を促しておいて、いち早く福田擁立へと急旋回した。福田が出馬宣言した14日の町村派の臨時総会にも姿を見せ、同派に復帰した。安倍側近を自任した前首相補佐官・世耕弘成(広報担当)も同じ町村派のよしみとは言え、安倍の対極にいた福田の陣営に走り、また広報担当として汗をかく。「派閥の論理」でしか理解しづらい行動だ。
一方、安倍の「影の官房長官」とも呼ばれた前総務相・菅義偉や、最も親しい「お友達」の一角、前政調会長・中川昭一は麻生の推薦人に名を連ね、波紋を広げた。この中の一人は「安倍首相の気持ちをくんで、麻生氏に一票を投じたい。首相本人から麻生批判を聞いたことは一度もない」と断言する。中川秀直に近いと見られてきた経産相・甘利明も「首相と同じ思いでやってきた麻生氏を支持する」と表明した。「お友達」では政調会長・石原伸晃も「安倍・麻生が不仲になると利益を得る人たちがクーデター説を流した」と解説している。
「麻生クーデターかと思っていたら、実は福田クーデターだった」。13日付で小泉に退職届を提出した腹心の前首相秘書官・飯島勲はこう言い残して永田町を立ち去った。小泉が最終的に福田支持に動き、飯島が突然退職した経緯は不透明だ。ただ、当初は平沼復党に傾く麻生を嫌って「これはクーデターだ。首相を後ろから刺した人がいる」(党広報局長・片山さつき)と徹底攻撃し、飯島の後見のもと小泉再登板で36人まで署名集めを進めていたチルドレンを中川秀直や元幹事長・武部勤が福田支持へとしっかり誘導したのは確かだ。
16日、武部が率いる小泉チルドレンの集まり「新しい風」の会合。「福田支持」で武部が意見集約しようとした時、突然、立ち上がった男がいた。「もうついて行けません!」。あの「ニート議員」杉村太蔵である。武部は怒鳴り返した。「出て行け!」。麻生派を除く8派閥がこぞって福田を推す流れに、小泉チルドレンまでがまるで派閥のように乗っかろうとしている。部屋を飛び出した杉村は吐き捨てた。「こんなやり方で総裁が決まるなら、自民党はもう終わりだ!」。結束を誇ってきた「小泉ファミリー」も今や四分五裂の様相を呈している。
18日にも退院の予定だった安倍は今週いっぱい、入院を続ける見通しとなった。病状がそれほど深刻だとなれば、一人歩きした「麻生クーデター」説どころではなく、紛れもないドクターストップによる退陣だったという観測が再浮上する。病名は「機能性胃腸障害」だと言う病院側の素っ気ない発表も念入りに検証し直す必要がある。安倍は果たして正常な判断能力を保持しているのか。首相の健康状態と退陣を巡ってこれほど謀略めいた情報が飛び交い、真相が謎に包まれているのは国家的スキャンダルと言われても仕方がない。(文中敬称略)
そのため、さまざまな情報が飛び交い、安倍首相は暴力団から脅されていたとの情報まである。
しかしながら、さらに不可解なのは、自民党の派閥ぐるみの麻生包囲網である。
その根拠とされたのが、「麻生クーデター」説であるが、本当であろうか?
真実は、『中国の「対日政治工作」』(http://izariuo.blog32.fc2.com/blog-category-15.html)の『一連の集大成』、と見るのが正解ではなかろうか。
『朝日新聞が福田政権誕生を心待ちにしている』旨の次の情報からもそのように推測される。
朝日新聞内には北京オリンピックを昂揚させる宣伝部局が設置されている。
その次長が参院選挙前に次のように語ったと聞いている。
次長 今回の選挙で安倍政権を退陣に追い込む
聞き手 民主党政権を受け皿にするつもりなのか
次長 民主党ではない。福田政権ができればよい。
(http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1028.html#more)
そうでなければ、
「上海領事館の自殺事件を小泉に知らせず、もみ消し」
「北朝鮮の不審船の引き上げを中国政府の意向を組んで必死に妨害し」
「中国原潜の領海侵犯の報告を遅らせ」
「アンマン空港のゴミを税金で救い」
「尖閣諸島に上陸した中国人活動家を起訴せずに送り返し」
「拉致被害者家族に、「うるさい!黙りなさい!あんたのところは生きているんでしょう」と怒鳴りつけ」
「女系天皇容認にも熱心で、(略)「男系維持派は相当、頭が悪い」と言い放ち」
「防衛庁(当時)・自衛隊にも本当に冷淡(略)小泉氏の代わりに防衛庁で訓示を述べた際にも、不祥事に対する叱責ばかり」
「官邸側の防衛庁への指示不徹底、連絡不足をすべて防衛庁のせいにし(略)その反面、外務省はやたらと大事にし」
(以上、「くちべた日本人の情報の間」http://blog.goo.ne.jp/kuchibeta1966/より)
集団レイプ事件に関し、「女性にもいかにも『してくれ』っていうの、いるじゃない」「そういう格好しているほうが悪いんだ。男は黒豹なんだから、情状酌量ってこともあるんじゃないの」と言って、社会民主党・共産党から追及され、→http://www5.sdp.or.jp/central/timebeing03/moushiire0704.html
→http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-07-09/02_04.html
挙句の果ては、
福田長官がやめた本当の理由は国民年金の未納問題ではなく、国会議員になる以前に厚生年金に加入していたが、これが勤務実態がないのに某会社に勤務していたことにして、厚生年金に加入していたという詐欺の疑惑が出てきたのだ。
もしこの厚生年金の期間を詐称して年金を受け取った場合は、詐欺になる。マスコミがこの事実をつかんで、問い合わせたので、あわてて辞任ということになった
(略)
国会議員になってからの納入期間に限定したのは、こういう不正が発覚するのを恐れていたからだ。
三閣僚の未納が発覚した後に社会保険事務所に「国会議員の名前で勝手に照会をするな」とアクセス禁止を通達している。
(同じく、「くちべた日本人の情報の間」より)
などとされ、日本の国、国民のためになる功績をとんと聞いたことがない福田氏を、自民党派閥が挙って応援する理由が見い出せない。
つまり、
マスコミは言うに及ばず、自民党までもが丸ごと騙されたと考えるのが妥当だろう。
当然、目指すは「日米の分断」から始まって、「台湾の中国併合」、「沖縄の中国移譲」、最後は、「中国による日本の併合」である。
あるいは、「中国による朝鮮半島併合」までいくかもしれない。
勿論、拉致被害者対策などは、福田氏の過去の言動から見ても判るとおり、無視。
この考えを裏付けるかのように、
『安倍晋三の退陣と「麻生クーデター」説の怪(2007/9/19)』としてNIKKEI NETに記事が掲載されている。
(http://www.nikkei.co.jp/neteye5/shimizu2/20070918nea9i000_18.html)
以下、少々長いが、全文引用させていただく。
「誰がそんなことを言っているんだ?そんなことはない」。東京・信濃町の慶応大病院。入院中の首相・安倍晋三はベッドの上で少なくとも2回、こうつぶやいている。「そんなこと」とは「麻生クーデター」説である。参院選大敗後も安倍を支え抜くとささやいた自民党幹事長・麻生太郎が実際は内閣改造人事や政権運営で首相の実権を奪い取り、安倍は「だまされた」と叫んで政権を投げ出した――。ポスト安倍政局で一夜にして麻生を劣勢に追いやったこの「物語」を安倍自身がいま、否定する。検証すればするほど、奇怪な裏側が見えてくる。
参院選当日から敷かれていた「麻生包囲網」
「麻生クーデター」説は12日午後、安倍が辞意を表明した直後から流れ出した。「安倍が11日に面会した自民党の有力議員に『麻生にだまされた』と漏らした。突然の辞意は権力を簒奪(さんだつ)した麻生へのせめてもの抵抗であり、憤死なのだ」と言う骨子だった。さらに自称「安倍の最側近」までが同様の「だまされた」説を口にしていると言う。誰もが一目置く「有力議員」や「安倍最側近」が発信した情報と受け止められたからこそ、瞬く間に永田町に広まった。それだけではない。「麻生クーデター」説が浸透しやすい政治的な素地が確かにあった。
まず麻生自身に戦略的な失敗があった。麻生は12日午後の記者会見で、10日夕の党役員会後に安倍から辞意を打ち明けられていたと明かした。自身の出馬について聞かれると「ガハハハ、まだ聞くのは早すぎるし、答えるのも早すぎる」と場違いな笑顔を見せた。ポスト安倍の総裁選の日程を「14日告示−19日投票」と言う超短期決戦でまとめようとしてもいた。ここから2日前に安倍の辞意を知ったうえで「ここは緊急事態なので麻生しかいない」と安倍後継への一気呵成の流れを周到に仕組んだのではないか、と疑心暗鬼が渦巻いた。
大敗した7月29日の参院選当日、真っ先に安倍と協議して続投の流れを決めたのも麻生だった。「福田後継」も考慮していた元首相・森喜朗、前参院議員会長・青木幹雄らは先手を打たれ、不快感を募らせた。麻生は改造人事で幹事長を射止め、安倍の相談相手となって官房長官・与謝野馨、国会対策委員長・大島理森など中枢ポストの人選までも主導した。安倍周辺からパージされた旧「チーム安倍」の面々や、ポストにありつけなかった当選1回の小泉チルドレンに至るまで「やりすぎだ」と党内横断的に麻生批判がくすぶっていた。
8月27日の改造内閣発足後、老練な「麻生−与謝野ライン」が政権運営の実権を掌握し、安倍は「カヤの外」に置かれたとの観測が広がった。麻生が安倍の意向をくむかのように郵政造反組の大物、元経済産業相の平沼赳夫の無条件復党に動き、チルドレンだけでなく、前首相・小泉純一郎とその周辺にも麻生不信が強まった。小泉は「自民党は衆院で圧倒的多数を占めているのに、復党させて何のメリットがあるのか」と怒っていた。麻生が安倍に寄り添い「AA連合」と誇示すればするほど、潜在的な「麻生包囲網」は広がっていったのだ。
「安倍カヤの外」「与謝野官邸」説の虚実
ただ、「包囲網」を招き寄せた麻生の自業自得と、安倍退陣の「麻生クーデター」説はまるで次元の違う問題だ。「麻生−与謝野ライン」が辣腕を見せつけ、安倍を棚上げした好例とされる一つは9月3日の前農相・遠藤武彦の更迭劇である。安倍が「カヤの外」だったわけでは全くない。1日の朝刊報道で補助金の不正受給問題が発覚すると、安倍はすぐ遠藤の更迭と現農相・若林正俊の起用を決め、土曜日だったその日のうちに指示を下している。麻生も更迭論に傾いていたが、与謝野は遠藤の様子も見て慎重な取り運びを思案していた。
ここは安倍の意向を受け、与謝野が官房長官として「受け身の調整役」に徹した場面だった。遠藤更迭が確定したのは翌2日昼の麻生、与謝野、大島の3者協議の場である。安倍には早く遠藤を切り捨て、指導力を発揮した体裁を取りたい気分ものぞいたが、任命責任論で返り血を浴びかねないリスクがあった。そこで、麻生ら3者は与謝野がもう一度、遠藤と面会し、遠藤が自発的に辞任する形式を整えるためにひと呼吸置いた。安倍を矢面に立たせず、早すぎず、遅すぎない対応に腐心したのだ。翌朝、遠藤は安倍に辞任を申し出た。
「麻生クーデター」説の別の有力な論拠は当初の「19日投票」と言う超スピードの総裁選日程案だ。これも麻生が決めたのではない。原案をつくったのは自民党幹事長室だが、最終判断を下したのは安倍本人だ。「19日投票」は20日の首相指名と組閣を経て、24日からニューヨークでの国連気候変動ハイレベル会合(首脳級)や国連総会に新首相が出席するという前提で組み立てた日程だった。気候変動の会合は来年の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)に向け、地球環境問題の首脳級討議のキックオフとなる重要な場である。
12日午後、辞意表明の記者会見を終えた安倍に、ある官邸スタッフが注意を促した。「総裁選の段取りですが、麻生幹事長も候補者の1人になる可能性があるので、お手盛りで決めたという印象を持たれるのは避けないと……」。遠まわしに「14日告示−19日投票」案の危うさを指摘したのだ。安倍は語気を強めて反論した。「麻生さんは『候補者』でしょう」。そして断を下した。「この日程(19日投票)でいい」。麻生は「後継候補の1人」ではなくまぎれもない「後継候補」なのだ。こう言い切った安倍の姿と、「だまされた」発言説は両立しにくい。
「中川秀直前幹事長が11日に安倍首相に会っている。中川氏から森氏に(辞意について)電話が行ってという段取りになっているはずだ。その段階で(森氏も)知っていたはずだ」。麻生は16日、民放テレビに出演して森や中川秀直も安倍の辞意を表明前日までに察知していたはずだ、と反撃に出た。首相官邸の留守居役として総裁選では局外中立に徹している与謝野も18日の会見で、麻生とひとくくりに「クーデター」関係者扱いを受けたことに「首相を支える任務に違反した行動を取ったことは一度もない」と全面否定した。
中川・武部が福田に「小泉チルドレン」誘導
安倍の「だまされた」発言説と、全く相反する「そんなことは言っていない」という病室でのつぶやき。安倍親衛隊も福田と麻生に割れている。中川秀直は「反麻生」の立場で小泉チルドレンに結束した行動を促しておいて、いち早く福田擁立へと急旋回した。福田が出馬宣言した14日の町村派の臨時総会にも姿を見せ、同派に復帰した。安倍側近を自任した前首相補佐官・世耕弘成(広報担当)も同じ町村派のよしみとは言え、安倍の対極にいた福田の陣営に走り、また広報担当として汗をかく。「派閥の論理」でしか理解しづらい行動だ。
一方、安倍の「影の官房長官」とも呼ばれた前総務相・菅義偉や、最も親しい「お友達」の一角、前政調会長・中川昭一は麻生の推薦人に名を連ね、波紋を広げた。この中の一人は「安倍首相の気持ちをくんで、麻生氏に一票を投じたい。首相本人から麻生批判を聞いたことは一度もない」と断言する。中川秀直に近いと見られてきた経産相・甘利明も「首相と同じ思いでやってきた麻生氏を支持する」と表明した。「お友達」では政調会長・石原伸晃も「安倍・麻生が不仲になると利益を得る人たちがクーデター説を流した」と解説している。
「麻生クーデターかと思っていたら、実は福田クーデターだった」。13日付で小泉に退職届を提出した腹心の前首相秘書官・飯島勲はこう言い残して永田町を立ち去った。小泉が最終的に福田支持に動き、飯島が突然退職した経緯は不透明だ。ただ、当初は平沼復党に傾く麻生を嫌って「これはクーデターだ。首相を後ろから刺した人がいる」(党広報局長・片山さつき)と徹底攻撃し、飯島の後見のもと小泉再登板で36人まで署名集めを進めていたチルドレンを中川秀直や元幹事長・武部勤が福田支持へとしっかり誘導したのは確かだ。
16日、武部が率いる小泉チルドレンの集まり「新しい風」の会合。「福田支持」で武部が意見集約しようとした時、突然、立ち上がった男がいた。「もうついて行けません!」。あの「ニート議員」杉村太蔵である。武部は怒鳴り返した。「出て行け!」。麻生派を除く8派閥がこぞって福田を推す流れに、小泉チルドレンまでがまるで派閥のように乗っかろうとしている。部屋を飛び出した杉村は吐き捨てた。「こんなやり方で総裁が決まるなら、自民党はもう終わりだ!」。結束を誇ってきた「小泉ファミリー」も今や四分五裂の様相を呈している。
18日にも退院の予定だった安倍は今週いっぱい、入院を続ける見通しとなった。病状がそれほど深刻だとなれば、一人歩きした「麻生クーデター」説どころではなく、紛れもないドクターストップによる退陣だったという観測が再浮上する。病名は「機能性胃腸障害」だと言う病院側の素っ気ない発表も念入りに検証し直す必要がある。安倍は果たして正常な判断能力を保持しているのか。首相の健康状態と退陣を巡ってこれほど謀略めいた情報が飛び交い、真相が謎に包まれているのは国家的スキャンダルと言われても仕方がない。(文中敬称略)
犯罪に対する時効について
28年前の東京都足立区立小教諭石川千佳子さん殺害の上、公訴時効後に自首し刑事責任を問われない犯人に対し、怒りの声はあるものの、犯人を擁護し、あるいは時効を肯定的に捉える声は聞かれない。
これが社会の常識である。
我国のような法治国家における刑罰とは、『犯罪に見合った社会的に妥当な刑罰を国家が行うかわりに、私的報復としての仕返し・仇討ちなどを被害者又はその遺族から取り上げた』ものであると言える。
しかしながら、犯罪に関する時効とは、犯人を罰する権利及び義務を国家が放棄することにほかならない。
これは、『被害者又はその遺族に対する明らか且つ一方的な契約義務違反』であるといえる。
ならば、私的報復としての仕返し・仇討ちなどを被害者又はその遺族が犯人に対して行ったときの時効も、犯人の時効と同時進行すると法律で規定してはどうだろう?
すなわち、本来に立ち返り、『時効が成立したときは、事実上、仕返し・仇討ちを認める』のである。
それでないと、余りにも不公平であると言わざるを得ない。
極論すれば、法律などというものは、ほとんど犯罪などの被害に遭ったことがない人々がよってたかって机上で作り上げたもの。
だから、犯人をのうのうとのさばらせるような、社会実態に合わない時効などの規定が作られたといえる。
確かに犯罪に遭う人たちは少数であろう。
だからといって、切り捨ててはいけない。
今後は、その少数の人たちが一定数いなければ関係法令の制定改廃ができないようにすべきであると考えるのだが…。
これが社会の常識である。
我国のような法治国家における刑罰とは、『犯罪に見合った社会的に妥当な刑罰を国家が行うかわりに、私的報復としての仕返し・仇討ちなどを被害者又はその遺族から取り上げた』ものであると言える。
しかしながら、犯罪に関する時効とは、犯人を罰する権利及び義務を国家が放棄することにほかならない。
これは、『被害者又はその遺族に対する明らか且つ一方的な契約義務違反』であるといえる。
ならば、私的報復としての仕返し・仇討ちなどを被害者又はその遺族が犯人に対して行ったときの時効も、犯人の時効と同時進行すると法律で規定してはどうだろう?
すなわち、本来に立ち返り、『時効が成立したときは、事実上、仕返し・仇討ちを認める』のである。
それでないと、余りにも不公平であると言わざるを得ない。
極論すれば、法律などというものは、ほとんど犯罪などの被害に遭ったことがない人々がよってたかって机上で作り上げたもの。
だから、犯人をのうのうとのさばらせるような、社会実態に合わない時効などの規定が作られたといえる。
確かに犯罪に遭う人たちは少数であろう。
だからといって、切り捨ててはいけない。
今後は、その少数の人たちが一定数いなければ関係法令の制定改廃ができないようにすべきであると考えるのだが…。
マクナマラ氏の爪の垢でも
福井総裁の件で喧しいが、とうとう海外からも批判が出たようである。
-----------------------------------------------------------------------------------
福井総裁1000万拠出、海外メディアも批判的
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe6500/news/20060616i216.htm
【ワシントン=広瀬英治】日本銀行の福井俊彦総裁が「村上ファンド」に資金を拠出していた問題は、海外メディアも高い関心を示している。
特に、野党の辞任要求などによる政治問題化で、福井総裁が日銀の独立性を揺るがしてしまったとの厳しい見方や、トップらの資産公開制度が整備されていない日銀への批判的な論調が目立つ。国際的に、中央銀行総裁には高い倫理が求められており、資産管理に対する認識の甘さから大きな騒動を招いた福井総裁と日銀への厳しい視線は今後も続きそうだ。
16日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は、野党の辞任要求が出ている福井総裁を政府・与党が擁護している現状を踏まえ、「日銀が政府の意向を押し切ってゼロ金利政策の早期解除を決断することは難しくなった」と指摘した。英紙フィナンシャル・タイムズ(同)も「今回の騒動は、日銀が金融政策の独立性を保つ上での障害になりかねない」との見方を示した。
また、欧米メディアに共通しているのは、「日銀は米国などとは対照的に、情報公開が確立されていない」(15日付の米紙ニューヨーク・タイムズ)など、日銀が幹部の資産公開に消極的だったことが、今回の問題を招いたという指摘だ。
米連邦準備制度理事会(FRB)は毎年、議長・副議長を含む理事の資産を詳細に公開しており、その比較からも日銀の組織運営のまずさが際立つようだ。
こうした点から、多くのメディアは、福井総裁の行動が日銀の内規には違反していないことも紹介した上で、福井総裁と日銀の不手際を厳しく批判している。
(2006年6月16日23時59分 読売新聞)
-----------------------------------------------------------------------------------
『人格高潔』という言葉がある。
これは、なにも「法律や規則に違反しないこと」だけを意味しない。
「道徳的にも正しいこと」
「他人に後ろ指を指されないこと」
を含む言葉である。
アメリカ合衆国の国務長官であったマクナマラ氏は、その就任するに際して、「名誉職、役職のみならず、すべての株式までをも手放した」のであるが、その記事を目にしたとき、「何と人格高潔な人だろう!」と、感激したことを未だに鮮明に覚えている。
戦前の日本人もまた、このことを実践し、海外の人々にも尊敬されていたのである。
その尊敬された人格高潔な人々が戦争犯罪人等の罪で処刑、或いは追放されたために、この福井氏のような人格低欠な人が幅を効かせる世の中になってしまったのであろうか。
この海外の反響記事を読むとき、「戦前の日本人が築いていった日本人に対する評価を、また、心無い人によって貶められてしまった」と、落胆せざるを得ない。
-----------------------------------------------------------------------------------
福井総裁1000万拠出、海外メディアも批判的
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe6500/news/20060616i216.htm
【ワシントン=広瀬英治】日本銀行の福井俊彦総裁が「村上ファンド」に資金を拠出していた問題は、海外メディアも高い関心を示している。
特に、野党の辞任要求などによる政治問題化で、福井総裁が日銀の独立性を揺るがしてしまったとの厳しい見方や、トップらの資産公開制度が整備されていない日銀への批判的な論調が目立つ。国際的に、中央銀行総裁には高い倫理が求められており、資産管理に対する認識の甘さから大きな騒動を招いた福井総裁と日銀への厳しい視線は今後も続きそうだ。
16日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は、野党の辞任要求が出ている福井総裁を政府・与党が擁護している現状を踏まえ、「日銀が政府の意向を押し切ってゼロ金利政策の早期解除を決断することは難しくなった」と指摘した。英紙フィナンシャル・タイムズ(同)も「今回の騒動は、日銀が金融政策の独立性を保つ上での障害になりかねない」との見方を示した。
また、欧米メディアに共通しているのは、「日銀は米国などとは対照的に、情報公開が確立されていない」(15日付の米紙ニューヨーク・タイムズ)など、日銀が幹部の資産公開に消極的だったことが、今回の問題を招いたという指摘だ。
米連邦準備制度理事会(FRB)は毎年、議長・副議長を含む理事の資産を詳細に公開しており、その比較からも日銀の組織運営のまずさが際立つようだ。
こうした点から、多くのメディアは、福井総裁の行動が日銀の内規には違反していないことも紹介した上で、福井総裁と日銀の不手際を厳しく批判している。
(2006年6月16日23時59分 読売新聞)
-----------------------------------------------------------------------------------
『人格高潔』という言葉がある。
これは、なにも「法律や規則に違反しないこと」だけを意味しない。
「道徳的にも正しいこと」
「他人に後ろ指を指されないこと」
を含む言葉である。
アメリカ合衆国の国務長官であったマクナマラ氏は、その就任するに際して、「名誉職、役職のみならず、すべての株式までをも手放した」のであるが、その記事を目にしたとき、「何と人格高潔な人だろう!」と、感激したことを未だに鮮明に覚えている。
戦前の日本人もまた、このことを実践し、海外の人々にも尊敬されていたのである。
その尊敬された人格高潔な人々が戦争犯罪人等の罪で処刑、或いは追放されたために、この福井氏のような人格低欠な人が幅を効かせる世の中になってしまったのであろうか。
この海外の反響記事を読むとき、「戦前の日本人が築いていった日本人に対する評価を、また、心無い人によって貶められてしまった」と、落胆せざるを得ない。
WANTED!「昭和天皇秘話」原本
「昭和天皇秘話」として、以下文章が永年小生の手元にある。
-----------------------------------------------------------------------------------
一九四五年二月、岩田氏(広島県出身岩田幸雄氏)は、当時の杉山陸軍大臣私邸に招かれ、次の如くその胸中を聞かされたのです。
杉山『岩田君、君は軍籍の無い一民間人であるにも拘らず、この戦争では日本軍のために挺身して偉大な貢献をして呉れ心から感謝している。その労苦に報いるためにも、一日も早く新兵器(原爆)を開発し、劣勢を挽回すべく懸命の努カをしていたが、事情があって残念ながら新兵器製造は中止した。実は御上(天皇)から強いお叱りを受けたのだ。
君の提出して呉れた秘録映画から、各国が新兵器開発に血眼になっている様子がよく判り、自分としては猶予は許されず、製造を急がせていた。
そして完成すれば最初ハワイに落とし、その威力を示し、戦況を日本軍有利に導く計画であった。
わが日本軍がウランを入手し、新兵器開発が今将に現実のものとなった段階で、東條首相がその旨天皇陛下に上奏した。戦局は極めて困難な状況下にあり、起死回生の決定打として、天皇にお喜び戴けるものと思って申し上げたのだが、意外に強い口調で反対された。その理由として「数ヶ国が、新兵器開発を競っているとのことだが、日本が最初に完成し使用すれば、他国も全力を傾注して完成させて使用するだろうから、全人類を滅亡させることになる。それでは人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか。またハワイに投下する計画とのことだが、ハワイには日本の同胞が多数移住し、現地アメリカ人民と共に苦労し、今日を築きあげたところだ。そのような場所に新兵器を使用することは賛成できない」と申された。
東條首相は、天皇陛下の御意思に反することは出来ないということであったが、自分として敗戦となれぱ日本が滅びてしまい、全てを無くすと考え、製造促進を主張し意見が衡突した。〈中略〉
小磯内閣が誕生し、自分は再び陸軍大臣として入閣したので、飽く迄自分の責任に於て、秘密裡に新兵器開発を急がせていた。ところが、新兵器を積むロケットの燃料製造過程で誤爆事故が突発し、再度天皇陛下の知られるところとなった。
天皇陛下に呼ばれた私は、「まだやっていたのか!」と強くお窘めされ、誠に面目なく、これ以上開発を進めることは出来なくなった。私は日本が勝っても負けても、此の責任はとる覚悟だ。例え勝てたとしても、天皇陛下の大御心を煩わせた罪は万死に値する。更に多くの部下を死に至らしめた責任から逃れることはできない。
此処で話した事は誰にも話さないで呉れ給え。此の事を知っている者は、天皇陛下と東條と自分だ。何れにしてもその時が来れば、自決してお詫びする覚悟だ』
この貴重な一編の秘話こそ天皇の真実像を窺い知ることが出来、人類撲滅の核兵器を断固阻止され、八紘為宇、世界の恒久平和を希求されて止まなかった昭和天皇の御遺徳を偲ぶことができるのであります。
-----------------------------------------------------------------------------------
この原本とされる『天皇と平和』(平成二年・広島県宮島情報協会発刊)を探しているのだが、心当たりの方はおられないだろうか?
-----------------------------------------------------------------------------------
一九四五年二月、岩田氏(広島県出身岩田幸雄氏)は、当時の杉山陸軍大臣私邸に招かれ、次の如くその胸中を聞かされたのです。
杉山『岩田君、君は軍籍の無い一民間人であるにも拘らず、この戦争では日本軍のために挺身して偉大な貢献をして呉れ心から感謝している。その労苦に報いるためにも、一日も早く新兵器(原爆)を開発し、劣勢を挽回すべく懸命の努カをしていたが、事情があって残念ながら新兵器製造は中止した。実は御上(天皇)から強いお叱りを受けたのだ。
君の提出して呉れた秘録映画から、各国が新兵器開発に血眼になっている様子がよく判り、自分としては猶予は許されず、製造を急がせていた。
そして完成すれば最初ハワイに落とし、その威力を示し、戦況を日本軍有利に導く計画であった。
わが日本軍がウランを入手し、新兵器開発が今将に現実のものとなった段階で、東條首相がその旨天皇陛下に上奏した。戦局は極めて困難な状況下にあり、起死回生の決定打として、天皇にお喜び戴けるものと思って申し上げたのだが、意外に強い口調で反対された。その理由として「数ヶ国が、新兵器開発を競っているとのことだが、日本が最初に完成し使用すれば、他国も全力を傾注して完成させて使用するだろうから、全人類を滅亡させることになる。それでは人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか。またハワイに投下する計画とのことだが、ハワイには日本の同胞が多数移住し、現地アメリカ人民と共に苦労し、今日を築きあげたところだ。そのような場所に新兵器を使用することは賛成できない」と申された。
東條首相は、天皇陛下の御意思に反することは出来ないということであったが、自分として敗戦となれぱ日本が滅びてしまい、全てを無くすと考え、製造促進を主張し意見が衡突した。〈中略〉
小磯内閣が誕生し、自分は再び陸軍大臣として入閣したので、飽く迄自分の責任に於て、秘密裡に新兵器開発を急がせていた。ところが、新兵器を積むロケットの燃料製造過程で誤爆事故が突発し、再度天皇陛下の知られるところとなった。
天皇陛下に呼ばれた私は、「まだやっていたのか!」と強くお窘めされ、誠に面目なく、これ以上開発を進めることは出来なくなった。私は日本が勝っても負けても、此の責任はとる覚悟だ。例え勝てたとしても、天皇陛下の大御心を煩わせた罪は万死に値する。更に多くの部下を死に至らしめた責任から逃れることはできない。
此処で話した事は誰にも話さないで呉れ給え。此の事を知っている者は、天皇陛下と東條と自分だ。何れにしてもその時が来れば、自決してお詫びする覚悟だ』
この貴重な一編の秘話こそ天皇の真実像を窺い知ることが出来、人類撲滅の核兵器を断固阻止され、八紘為宇、世界の恒久平和を希求されて止まなかった昭和天皇の御遺徳を偲ぶことができるのであります。
-----------------------------------------------------------------------------------
この原本とされる『天皇と平和』(平成二年・広島県宮島情報協会発刊)を探しているのだが、心当たりの方はおられないだろうか?
最早、「信賞必罰」は死語と成り果てた
春の叙勲で村山富市・元首相(82)が最上位の桐花大綬章を受章した。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060429k0000m040196000c.html
そこで、インターネット上、あちこち覗いて見るが、
「おめでとう」という語にさっぱり出くわさない。
それどころか、非難轟々たる有様。
幾つか引用させて貰う。
-----------------------------------------------------------------------------------
村山は社会党を崩壊させたので、ある意味快挙だ
阪神大震災のとき国民を見殺しにし、自衛隊を出動させるのを遅れさせた元社民党のクソ左翼氏ねよ
その点においては大勲位中曽根元首相は偉いよな。昭和61年の三原山大噴火の際には会議ばかりして結論を出さない国土庁をシカトして自己の判断と責任で自衛隊を派遣した。おかげで一万人もの島民がわずか一晩で脱出できた。
村山くらいだらしない首相はいなかった。こんな人間に勲章を与えることなどそもそも勲章制度への冒涜だ。勲章は「戦場で功労」のあった人だけに限定すべきだ。猫も杓子も勲章では価値が下がるだけだ。こんなことなら賞勲局を廃止して役人を減らした方が良い。
7月16日午後5時40分ごろ、大分市王子中町の交差点で、村山富市元首相(81)の乗用車が、自転車に乗っていた9歳の子どもと衝突。子どもは手や足に軽傷を負った。
村山元首相にけがはなかった。
大分中央署の調べでは、村山元首相は車に1人で乗っていた。
現場は信号機のない交差点で、村山元首相の車は左折しようとして自転車と衝突した。
同署は村山元首相の安全確認が不十分だった可能性もあるとみて調べている。(共同通信)
彼の行いを風化させない為の皮肉だろ。
村山は、地震で家具に挟まって動けなくなった人が、助けが来るから頑張ろうと思ってる最中、
「新党さきがけのヤツから電話があったけど、あいつはおおげさなヤツだから」
と、自衛隊の大幅増員を見送ったクズ。
出動させてから、おおげさだったと注意すればいいだろうに。
しかも、こいつ、阪神淡路大震災に対して謝罪は?って聞かれたら
「なんでボクが謝罪しなくちゃならないの?」
だって。
阪神淡路大震災で村山は何故、自衛隊員3000人限定というバカな枠をつけたのか?しかも未曾有の大惨事と判明してからも二日間もそのまま枠を外していない。死んで行くニュースを見て聞いて、待機した自衛隊は涙したという。
阪神大震災で自衛隊を早期出動させず(政党と本人の理念で)多くの人々をあの震災後の火災で殺し、今も苦しむ人を作る結果となった「北朝鮮の拉致は無い」という首相としての発表。
米軍の支援を拒否したのも許せない。
あのとき米軍は災害救助のノウハウを持っていて機材も最新だった。
あの非常時に拒否する神経が理解不能。アメリカ側が拒否と聞いて、唖然として声も出なかった。
「人命を救うのに理由などあるのか」と、何度詰め寄っても拒否した。
自衛隊の松島元中部方面総監はある週刊誌とのインタビューでこう語っている。
「やるべきことは全部やって、その上でこれしかできなかったというなら、ある意味であきらめもつきます。だけどね、やることもやってなくて・・・と思うと、死んだ方に対して人間として申し訳ないと思ってしまうんです。特に人命救助というのはですね、助けに行った人間が痛切に助けてやりたいと思うんです。そして現場にいて助けてやれなかった時、さらにもう少し早く着くことができればと思える時、どうしても悔しさがこみあげてくるものなんです。」
以上 http://milfled.seesaa.net/article/17197337.html
-----------------------------------------------------------------------------------
戦後50周年「村山談話」を発表。世界の失笑を買うとともに、従軍慰安婦を何の根拠も無いまま認める。「アジア女性基金」を設立し200万円をばらまく。
阪神淡路大震災で自衛隊の投入を遅らせさらに人数を制限する、米軍の救援を拒絶、多くの被災者を殺す。「なにしろ初めてのことじゃったから、早朝じゃったから」
オウムの異常性反社会性を知りながら、地下鉄サリン事件を阻止出来ず。破防法適用も見送り
北朝鮮による拉致は無いとし、河野洋平とともに北朝鮮にコメ支援をした
社会党を壊滅状態させた
81歳で車を運転小学生をはねる。
以上 http://mougen.seesaa.net/article/17202113.html
-----------------------------------------------------------------------------------
今問題の北朝鮮拉致の実行犯で、最近日本が要請した国際手配人の辛光洙(シン・ガンス)が韓国に囚われた際、その釈放を韓国大統領に1989年に133名の日本の国会議員が要請したシンガンス釈放嘆願書に署名した一人であることです。
以上 http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-170.html
-----------------------------------------------------------------------------------
村山元首相というと阪神大震災を思い出す。首相として危機管理の一番大切な時に最高責任者として自衛隊の出動を早めることができず、海外の救助犬(フランスかな)を足どめし、多くの人命を救うことができなかった首相である。
阪神大震災の視察においても靴を履いたまま避難所に入り、嫌がられていた。こんな人が春の叙勲とは。私はがっかりした。せめて辞退したらと思った。
以上 http://diarynote.jp/d/71658/20060429.html
-----------------------------------------------------------------------------------
これらの中で唯一の功績は、「社会党を崩壊させた」こと。
つまり、
「総理大臣という地位にあったというだけで、交通事故で人を撥ねようが、失政で何千人の人が死のうが日本国で最高の表彰を受けることが出来た」
のである。
表彰とは、行いに対して、功績に対して与えられるものではなかったのか?
「信賞必罰」の最たるものではなかったのか?
これでは、
「どんなことをしても地位を確保すれば叙勲にありつける。名誉を勝ち取れる。」
との風潮にますます拍車がかかる。
汚職をしようが、人を蹴落とそうが、貶めようが、地位にしがみ付きさえすれば後は何とかなるのである。
必死で真面目に生きても、地位がなければ、名誉はない。
馬鹿を見るだけ。
日本の国は、恥も誇りもない、つまらない世の中になり下がってしまったようである。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060429k0000m040196000c.html
そこで、インターネット上、あちこち覗いて見るが、
「おめでとう」という語にさっぱり出くわさない。
それどころか、非難轟々たる有様。
幾つか引用させて貰う。
-----------------------------------------------------------------------------------
村山は社会党を崩壊させたので、ある意味快挙だ
阪神大震災のとき国民を見殺しにし、自衛隊を出動させるのを遅れさせた元社民党のクソ左翼氏ねよ
その点においては大勲位中曽根元首相は偉いよな。昭和61年の三原山大噴火の際には会議ばかりして結論を出さない国土庁をシカトして自己の判断と責任で自衛隊を派遣した。おかげで一万人もの島民がわずか一晩で脱出できた。
村山くらいだらしない首相はいなかった。こんな人間に勲章を与えることなどそもそも勲章制度への冒涜だ。勲章は「戦場で功労」のあった人だけに限定すべきだ。猫も杓子も勲章では価値が下がるだけだ。こんなことなら賞勲局を廃止して役人を減らした方が良い。
7月16日午後5時40分ごろ、大分市王子中町の交差点で、村山富市元首相(81)の乗用車が、自転車に乗っていた9歳の子どもと衝突。子どもは手や足に軽傷を負った。
村山元首相にけがはなかった。
大分中央署の調べでは、村山元首相は車に1人で乗っていた。
現場は信号機のない交差点で、村山元首相の車は左折しようとして自転車と衝突した。
同署は村山元首相の安全確認が不十分だった可能性もあるとみて調べている。(共同通信)
彼の行いを風化させない為の皮肉だろ。
村山は、地震で家具に挟まって動けなくなった人が、助けが来るから頑張ろうと思ってる最中、
「新党さきがけのヤツから電話があったけど、あいつはおおげさなヤツだから」
と、自衛隊の大幅増員を見送ったクズ。
出動させてから、おおげさだったと注意すればいいだろうに。
しかも、こいつ、阪神淡路大震災に対して謝罪は?って聞かれたら
「なんでボクが謝罪しなくちゃならないの?」
だって。
阪神淡路大震災で村山は何故、自衛隊員3000人限定というバカな枠をつけたのか?しかも未曾有の大惨事と判明してからも二日間もそのまま枠を外していない。死んで行くニュースを見て聞いて、待機した自衛隊は涙したという。
阪神大震災で自衛隊を早期出動させず(政党と本人の理念で)多くの人々をあの震災後の火災で殺し、今も苦しむ人を作る結果となった「北朝鮮の拉致は無い」という首相としての発表。
米軍の支援を拒否したのも許せない。
あのとき米軍は災害救助のノウハウを持っていて機材も最新だった。
あの非常時に拒否する神経が理解不能。アメリカ側が拒否と聞いて、唖然として声も出なかった。
「人命を救うのに理由などあるのか」と、何度詰め寄っても拒否した。
自衛隊の松島元中部方面総監はある週刊誌とのインタビューでこう語っている。
「やるべきことは全部やって、その上でこれしかできなかったというなら、ある意味であきらめもつきます。だけどね、やることもやってなくて・・・と思うと、死んだ方に対して人間として申し訳ないと思ってしまうんです。特に人命救助というのはですね、助けに行った人間が痛切に助けてやりたいと思うんです。そして現場にいて助けてやれなかった時、さらにもう少し早く着くことができればと思える時、どうしても悔しさがこみあげてくるものなんです。」
以上 http://milfled.seesaa.net/article/17197337.html
-----------------------------------------------------------------------------------
戦後50周年「村山談話」を発表。世界の失笑を買うとともに、従軍慰安婦を何の根拠も無いまま認める。「アジア女性基金」を設立し200万円をばらまく。
阪神淡路大震災で自衛隊の投入を遅らせさらに人数を制限する、米軍の救援を拒絶、多くの被災者を殺す。「なにしろ初めてのことじゃったから、早朝じゃったから」
オウムの異常性反社会性を知りながら、地下鉄サリン事件を阻止出来ず。破防法適用も見送り
北朝鮮による拉致は無いとし、河野洋平とともに北朝鮮にコメ支援をした
社会党を壊滅状態させた
81歳で車を運転小学生をはねる。
以上 http://mougen.seesaa.net/article/17202113.html
-----------------------------------------------------------------------------------
今問題の北朝鮮拉致の実行犯で、最近日本が要請した国際手配人の辛光洙(シン・ガンス)が韓国に囚われた際、その釈放を韓国大統領に1989年に133名の日本の国会議員が要請したシンガンス釈放嘆願書に署名した一人であることです。
以上 http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-170.html
-----------------------------------------------------------------------------------
村山元首相というと阪神大震災を思い出す。首相として危機管理の一番大切な時に最高責任者として自衛隊の出動を早めることができず、海外の救助犬(フランスかな)を足どめし、多くの人命を救うことができなかった首相である。
阪神大震災の視察においても靴を履いたまま避難所に入り、嫌がられていた。こんな人が春の叙勲とは。私はがっかりした。せめて辞退したらと思った。
以上 http://diarynote.jp/d/71658/20060429.html
-----------------------------------------------------------------------------------
これらの中で唯一の功績は、「社会党を崩壊させた」こと。
つまり、
「総理大臣という地位にあったというだけで、交通事故で人を撥ねようが、失政で何千人の人が死のうが日本国で最高の表彰を受けることが出来た」
のである。
表彰とは、行いに対して、功績に対して与えられるものではなかったのか?
「信賞必罰」の最たるものではなかったのか?
これでは、
「どんなことをしても地位を確保すれば叙勲にありつける。名誉を勝ち取れる。」
との風潮にますます拍車がかかる。
汚職をしようが、人を蹴落とそうが、貶めようが、地位にしがみ付きさえすれば後は何とかなるのである。
必死で真面目に生きても、地位がなければ、名誉はない。
馬鹿を見るだけ。
日本の国は、恥も誇りもない、つまらない世の中になり下がってしまったようである。
天皇陛下の新相談役、栗山氏の発言について
「侵略史観の持ち主がなぜ天皇陛下の相談役に選ばれたのか」
との情報がある。
「今回、天皇陛下の相談役となる宮内庁の参与に、元駐米大使の栗山尚一氏と東大名誉教授の三谷太一郎氏が選ばれた」由であるが、その栗山氏の発言は次のとおりである。
-----------------------------------------------------------------------------------
産経新聞 平成18(2006)年2月14日
首相靖国参拝 膠着する日中関係 「中止を」元駐米大使・栗山尚一氏
和解努力必要 高まるナショナリズムに危機感
(聞き手 阿比留瑠比、大谷次郎)
−−小泉首相に靖国神社参拝中止を求めた真意は−−
「戦争で亡くなられた方々の追悼」「二度と戦争はしてはいけないという不戦の誓い」をするために参拝しているという首相の心情は全く疑っていない。また、日中間の和解がうまくいかない責任の半分は中国側にある。
しかし、加害者である日本がやはり歴史を直視し、反省し、日本の外交政策や対アジア政策に反映させる努力を続けなければならない。中国や韓国が、戦後の日本は戦前とは違うと評価して、初めて和解が実現する。近隣国との関係が安定することは日本の安全保障にとって大事だし、和解がうまくできるかどうかで日本の国としての姿、品格が違ってくると思う。
−−首相は「靖国問題で譲れば日中間がうまくいく、という問題ではない」と指摘している−−
和解を困難にしている最大の理由は中国側のナショナリズム。中国共産党が正統性を国内的に主張する最大の理由は、抗日戦争に勝ったということ。確かに、日本の首相が参拝を自粛しても、中国が歴史問題を提起しなくなることは予想できない。東シナ海の石油ガス田の問題にしろ、尖閣諸島の領有権の問題にしろ、日本の国連安全保障理事会の常任理事国入りにしろ、中国の対日政策が目立って変わることを期待するのは現実的ではない。
だからといって、日本が和解の努力をしないことは、外交姿勢の問題として間違っている。和解は中国とだけの問題ではない。日本の国際社会全体とのかかわり合いの問題だ。
−−戦後、多くの首相が靖国神社に参拝しているのも間違いか−−
そう思っている。外務省の現役官僚だったときは、ときの政治判断と違うことを言うことは控えていたが、個人的には二十世紀前半の日本がとった政策は一貫して間違っていたと思う。
戦争の犠牲になられた方の大部分の人は純粋に国のために戦って命を落としたと思う。その霊を追悼するのは日本人として当然やっておかしくないことだ。しかし、首相や政府の責任ある立場の人が靖国神社を参拝することで、「果たして純粋にそうなのかな」という印象を国際的に与えることは間違いない。
−−この時期に論文を書いた理由は−−
ナショナリズムの高まりに非常に危機感を持っている。江沢民前国家主席は平成十年の来日時に日本人のナショナリズムを刺激し、対中感情を悪くした。近年、日本のナショナリズムは強くなっており、国際社会からみると「日本はどこに行くのだろうか」という漠とした不安感が出てきているのではないか。
−−国際社会の不安感は誤解に基づくものではないか−−
そこはちょっと違う。ドイツと比較して、戦後の日本は帝国主義政策、膨張政策をとった二十世紀前半の行為について、きちんとした総括をしなかったところが問題として残る。
−−さきの大戦に対する歴史的評価は定まっていないのではないか−−
外務省条約局長時代、私は国会で「国際社会では、あれは侵略戦争だ、というのが評価です」と言った。日本人はその評価に異論があるかもしれないが、国際社会の判断はすでに下されている。米国に日本の首相が「あの戦争は自衛のための戦争だった」と言ったら、日米関係はもたない。
人類の歴史は、残念ながら常に戦争を繰り返してきた。その歴史は、ほとんど戦争に勝った側が書いている。負けた人からは「公平ではない」と思えるかもしれないが、勝者が書いた歴史が歴史として受け入れられている。そのことを日本人は受け入れないといけない。
-----------------------------------------------------------------------------------
「和解がうまくできるかどうかで日本の国としての姿、品格が違ってくる」
確かにその通りである。
ただし、他国に阿ったり、卑屈になったりしての和解は、「上手く出来た和解」とは言わない。
当然、品格など欠片もないことになり、バカにされるのがおちである。
「阿らないこと」が「和解の努力をしない」ことにはならない。
末尾に、「真の品格とは何か」の参考として、日本と戦った他国の人たちの話を引用する。
ここで尊敬されている品格を持った日本の方たちは戦死されてしまったため、生き残った人たちやその子供には身をもって知る機会はないであろうが、爪の垢でも煎じて飲んだつもりになって、改めて考えてもらいたい。
さらに、
「国際社会の判断」は、判断材料が変化することによって、当然変化してゆく。
したがって、その正確な判断材料を日本が積極的に提供していかなければならないのだ。
ゆえに、
「日米関係はもたない。」ではない。
「日米関係は当時としてはもたなかった。」が正しいのであって、少なくとも日本の側において過去のこととする努力をしていかなければならない。
他国がしてくれるはずはないのである。
そして、その努力義務を負っているのは国民ではない。
政府、それも外務省こそがその努力をすべき任務を負っているのではないのか!
ところが現在の日本、その外務省が怠慢であるゆえに、国民が懸命になって補おうとしているのが実情ではないか。
拉致被害者の家族たちの努力などは、その典型と言える。
外務省が今まで何をした?
他国に阿り、国民を欺き、臭い物には蓋をして、国土を、領海を外国にくれてやる見返りに、給料と退職金をごっそり掻っ攫って行ったのではなっかったのか。
栗山氏は、日本国民に、「今後何千年、何万年にもわたって、未来永劫に謝罪を繰り返せ。」と言うのか?
それとも、「もう一度戦争をして、今度こそは勝て!」と言っているのか?
最後にもう一つ、矛盾点を。
「二十世紀前半の日本がとった政策は一貫して間違っていたから首相がその責任を負え」というのであれば、駐米大使を歴任した外務官僚の栗山氏は、「太平洋戦争の宣戦布告文書に関する任務怠慢」を国民に謝罪すべきではないのか?
人に言うのであれば、先ず自ら実行すべきである。
-----------------------------------------------------------------------------------
「外国人が評価するサムライ魂」↓より抜粋
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-93.html
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-153.html
1.私たち(日本の)の将校は、「日本が戦争をおこしたのは申しわけないことであった。これからは仲よくしたい」という意味のことを言った。どのように通じたのだろうか。英軍中尉は非常にきっとした態度をとって答えた。
「君は奴隷か。奴隷だったのか」
「われわれはわれわれの祖國の行動を正しいと思って戦った。君たちも自分の國を正しいと思って戦ったのだろう。負けたらすぐ悪かったと本当に思うほどその信念はたよりなかったのか。それともただ主人の命令だったから悪いと知りつつ戦ったのか。負けたらすぐ勝者のご機嫌をとるのか。そういう人は奴隷であってサムライではない。われわれは多くの戦友をこのビルマ戦線で失った。私はかれらが奴隷と戦って死んだとは思いたくない。私たちは日本のサムライたちと戦って勝ったことを誇りとしているのだ。そういう情けないことは言ってくれるな」
2.オーストラリアの旧軍人いわく、
「日本兵の印象は、とにかく、われわれオーストラリア兵の想像を絶する程強かったということです。おかげで、戦友を大分失いました。私の唯一のなぐさめは、戦友が、例外なく世界最強の日本兵と戦って死んで行ったということです。私たちの戦友も勇敢に戦いました。結果的には、日本は善戦むなしく連合國に敗れましたが、その兵士たちの示したサムライ精神のおかげで、日本人は勝者である連合國の軍人の尊敬を得たことを憶えておいて頂きたい」
3.次のような米太平洋艦隊司令長官ニミッツ元帥による歌碑がペリリュー島に建立されています。
この島を訪れるもろもろの国の旅人たちよ。
故郷に帰ったら伝えてくれよ。この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!
との情報がある。
「今回、天皇陛下の相談役となる宮内庁の参与に、元駐米大使の栗山尚一氏と東大名誉教授の三谷太一郎氏が選ばれた」由であるが、その栗山氏の発言は次のとおりである。
-----------------------------------------------------------------------------------
産経新聞 平成18(2006)年2月14日
首相靖国参拝 膠着する日中関係 「中止を」元駐米大使・栗山尚一氏
和解努力必要 高まるナショナリズムに危機感
(聞き手 阿比留瑠比、大谷次郎)
−−小泉首相に靖国神社参拝中止を求めた真意は−−
「戦争で亡くなられた方々の追悼」「二度と戦争はしてはいけないという不戦の誓い」をするために参拝しているという首相の心情は全く疑っていない。また、日中間の和解がうまくいかない責任の半分は中国側にある。
しかし、加害者である日本がやはり歴史を直視し、反省し、日本の外交政策や対アジア政策に反映させる努力を続けなければならない。中国や韓国が、戦後の日本は戦前とは違うと評価して、初めて和解が実現する。近隣国との関係が安定することは日本の安全保障にとって大事だし、和解がうまくできるかどうかで日本の国としての姿、品格が違ってくると思う。
−−首相は「靖国問題で譲れば日中間がうまくいく、という問題ではない」と指摘している−−
和解を困難にしている最大の理由は中国側のナショナリズム。中国共産党が正統性を国内的に主張する最大の理由は、抗日戦争に勝ったということ。確かに、日本の首相が参拝を自粛しても、中国が歴史問題を提起しなくなることは予想できない。東シナ海の石油ガス田の問題にしろ、尖閣諸島の領有権の問題にしろ、日本の国連安全保障理事会の常任理事国入りにしろ、中国の対日政策が目立って変わることを期待するのは現実的ではない。
だからといって、日本が和解の努力をしないことは、外交姿勢の問題として間違っている。和解は中国とだけの問題ではない。日本の国際社会全体とのかかわり合いの問題だ。
−−戦後、多くの首相が靖国神社に参拝しているのも間違いか−−
そう思っている。外務省の現役官僚だったときは、ときの政治判断と違うことを言うことは控えていたが、個人的には二十世紀前半の日本がとった政策は一貫して間違っていたと思う。
戦争の犠牲になられた方の大部分の人は純粋に国のために戦って命を落としたと思う。その霊を追悼するのは日本人として当然やっておかしくないことだ。しかし、首相や政府の責任ある立場の人が靖国神社を参拝することで、「果たして純粋にそうなのかな」という印象を国際的に与えることは間違いない。
−−この時期に論文を書いた理由は−−
ナショナリズムの高まりに非常に危機感を持っている。江沢民前国家主席は平成十年の来日時に日本人のナショナリズムを刺激し、対中感情を悪くした。近年、日本のナショナリズムは強くなっており、国際社会からみると「日本はどこに行くのだろうか」という漠とした不安感が出てきているのではないか。
−−国際社会の不安感は誤解に基づくものではないか−−
そこはちょっと違う。ドイツと比較して、戦後の日本は帝国主義政策、膨張政策をとった二十世紀前半の行為について、きちんとした総括をしなかったところが問題として残る。
−−さきの大戦に対する歴史的評価は定まっていないのではないか−−
外務省条約局長時代、私は国会で「国際社会では、あれは侵略戦争だ、というのが評価です」と言った。日本人はその評価に異論があるかもしれないが、国際社会の判断はすでに下されている。米国に日本の首相が「あの戦争は自衛のための戦争だった」と言ったら、日米関係はもたない。
人類の歴史は、残念ながら常に戦争を繰り返してきた。その歴史は、ほとんど戦争に勝った側が書いている。負けた人からは「公平ではない」と思えるかもしれないが、勝者が書いた歴史が歴史として受け入れられている。そのことを日本人は受け入れないといけない。
-----------------------------------------------------------------------------------
「和解がうまくできるかどうかで日本の国としての姿、品格が違ってくる」
確かにその通りである。
ただし、他国に阿ったり、卑屈になったりしての和解は、「上手く出来た和解」とは言わない。
当然、品格など欠片もないことになり、バカにされるのがおちである。
「阿らないこと」が「和解の努力をしない」ことにはならない。
末尾に、「真の品格とは何か」の参考として、日本と戦った他国の人たちの話を引用する。
ここで尊敬されている品格を持った日本の方たちは戦死されてしまったため、生き残った人たちやその子供には身をもって知る機会はないであろうが、爪の垢でも煎じて飲んだつもりになって、改めて考えてもらいたい。
さらに、
「国際社会の判断」は、判断材料が変化することによって、当然変化してゆく。
したがって、その正確な判断材料を日本が積極的に提供していかなければならないのだ。
ゆえに、
「日米関係はもたない。」ではない。
「日米関係は当時としてはもたなかった。」が正しいのであって、少なくとも日本の側において過去のこととする努力をしていかなければならない。
他国がしてくれるはずはないのである。
そして、その努力義務を負っているのは国民ではない。
政府、それも外務省こそがその努力をすべき任務を負っているのではないのか!
ところが現在の日本、その外務省が怠慢であるゆえに、国民が懸命になって補おうとしているのが実情ではないか。
拉致被害者の家族たちの努力などは、その典型と言える。
外務省が今まで何をした?
他国に阿り、国民を欺き、臭い物には蓋をして、国土を、領海を外国にくれてやる見返りに、給料と退職金をごっそり掻っ攫って行ったのではなっかったのか。
栗山氏は、日本国民に、「今後何千年、何万年にもわたって、未来永劫に謝罪を繰り返せ。」と言うのか?
それとも、「もう一度戦争をして、今度こそは勝て!」と言っているのか?
最後にもう一つ、矛盾点を。
「二十世紀前半の日本がとった政策は一貫して間違っていたから首相がその責任を負え」というのであれば、駐米大使を歴任した外務官僚の栗山氏は、「太平洋戦争の宣戦布告文書に関する任務怠慢」を国民に謝罪すべきではないのか?
人に言うのであれば、先ず自ら実行すべきである。
-----------------------------------------------------------------------------------
「外国人が評価するサムライ魂」↓より抜粋
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-93.html
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-153.html
1.私たち(日本の)の将校は、「日本が戦争をおこしたのは申しわけないことであった。これからは仲よくしたい」という意味のことを言った。どのように通じたのだろうか。英軍中尉は非常にきっとした態度をとって答えた。
「君は奴隷か。奴隷だったのか」
「われわれはわれわれの祖國の行動を正しいと思って戦った。君たちも自分の國を正しいと思って戦ったのだろう。負けたらすぐ悪かったと本当に思うほどその信念はたよりなかったのか。それともただ主人の命令だったから悪いと知りつつ戦ったのか。負けたらすぐ勝者のご機嫌をとるのか。そういう人は奴隷であってサムライではない。われわれは多くの戦友をこのビルマ戦線で失った。私はかれらが奴隷と戦って死んだとは思いたくない。私たちは日本のサムライたちと戦って勝ったことを誇りとしているのだ。そういう情けないことは言ってくれるな」
2.オーストラリアの旧軍人いわく、
「日本兵の印象は、とにかく、われわれオーストラリア兵の想像を絶する程強かったということです。おかげで、戦友を大分失いました。私の唯一のなぐさめは、戦友が、例外なく世界最強の日本兵と戦って死んで行ったということです。私たちの戦友も勇敢に戦いました。結果的には、日本は善戦むなしく連合國に敗れましたが、その兵士たちの示したサムライ精神のおかげで、日本人は勝者である連合國の軍人の尊敬を得たことを憶えておいて頂きたい」
3.次のような米太平洋艦隊司令長官ニミッツ元帥による歌碑がペリリュー島に建立されています。
この島を訪れるもろもろの国の旅人たちよ。
故郷に帰ったら伝えてくれよ。この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!
中国の憲法・教育法では、日本人・アメリカ人などの存在を認めない
中国の憲法・教育法(教育基本法)について、一部内容が判明しました。
-----------------------------------------------------------------------------------
中国の「憲法」には、
「国家は、祖国を愛し、人民を愛し、労働を愛し、科学を愛し、社会主義を愛するという公衆道徳を提唱し、人民の間で愛国主義・集団主義と国際主義・共産主義の教育を実施し、弁証唯物主義と歴史唯物主義の教育を行い、資本主義、封建主義その他の腐敗思想に反対するものとする。」(24条2項) とあり、
中国の教育の基本法である「教育法」には、
「国家は教育を受ける者に愛国主義、集団主義、社会主義の教育を行い、理想、道徳、規律、法制、国防、民族団結の教育を行わなければならない。」(6条)とあるとされます。
↓
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-325.html#more
-----------------------------------------------------------------------------------
ここにおいて、
「愛する」のは「祖国である中国」や「社会主義」であり、「他国」や「人類」ではありません。
そして、その「中国や社会主義を愛する」ことこそが「公衆道徳」であると規定しています。
さらに、「資本主義、封建主義その他の腐敗思想に反対する」とされているところから、
「社会主義・共産主義に反対する国や人々を否定することは道徳である」としているのです。
そして、これをうけての「愛国主義、集団主義、国防、民族団結などの教育」が「教育法」に盛り込まれ、行われています。
したがって、「先の日本大使館襲撃などはこの中国の道徳心に則った当然の行動である」といえるでしょう。
謝らないのも当然です。
「資本主義などは腐敗思想である」と決め付け、ここから総ての考えを展開しています。
即ち、「「社会主義・共産主義以外は道徳的にも悪であり、妥協できない」と、憲法に謳い込んでいるのです。
「話し合いで解決できる」などとする日本のような甘い考えで対処できるはずがありません。
因みに、日本は、「修身」においても「教育勅語」においても「博愛」を説いてきました。
日本人だけ愛せよとは書かれていません。
基本的に、思想・信条において差別しないのです。
下に掲げる東條英機の行動もその現れです。
この基本は、そのまま現在の憲法にもありますし、我々日本人の心の中を今のところ支配していますが、欠陥教育によって徐々に失われつつあります。
靖国神社参拝がどうのこうのなどと、一握りの横紙破り国家の戯言に惑わされ、右往左往している暇はないのです。
ぼやぼやしていれば、「自分たち以外は腐敗している」などと考える日本人が大量に生産されていかないとも限りません。
既にその兆候が現れていることは、ライブドアなどのマスコミを賑わす様々な事件でお解かりでしょう。
この「日本人の心」が腐らないうちに、日本政府は日本独自の国家体制を築き、「日本人の心」を育んでいくことが今一番必要な我国の案件です。
-----------------------------------------------------------------------------------
東條英機を「英雄」と称えるユダヤ人↓
http://ilovenippon.jugem.jp/?eid=6
(「週間新潮」4月13日号より引用)
1937年、ナチスの暴挙を世界に喧伝するためにハルビンで開催された極東ユダヤ人大会。ハルビン特務機関長だった樋口季一郎らが大会に出席したことに対し、当時、同盟国であったドイツが抗議。その抗議を東條が握りつぶした
ナチスの迫害から逃れたユダヤ人を満州国に入国させたことに対するドイツ外務省の抗議を、「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」と一蹴した
-----------------------------------------------------------------------------------
-----------------------------------------------------------------------------------
中国の「憲法」には、
「国家は、祖国を愛し、人民を愛し、労働を愛し、科学を愛し、社会主義を愛するという公衆道徳を提唱し、人民の間で愛国主義・集団主義と国際主義・共産主義の教育を実施し、弁証唯物主義と歴史唯物主義の教育を行い、資本主義、封建主義その他の腐敗思想に反対するものとする。」(24条2項) とあり、
中国の教育の基本法である「教育法」には、
「国家は教育を受ける者に愛国主義、集団主義、社会主義の教育を行い、理想、道徳、規律、法制、国防、民族団結の教育を行わなければならない。」(6条)とあるとされます。
↓
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-325.html#more
-----------------------------------------------------------------------------------
ここにおいて、
「愛する」のは「祖国である中国」や「社会主義」であり、「他国」や「人類」ではありません。
そして、その「中国や社会主義を愛する」ことこそが「公衆道徳」であると規定しています。
さらに、「資本主義、封建主義その他の腐敗思想に反対する」とされているところから、
「社会主義・共産主義に反対する国や人々を否定することは道徳である」としているのです。
そして、これをうけての「愛国主義、集団主義、国防、民族団結などの教育」が「教育法」に盛り込まれ、行われています。
したがって、「先の日本大使館襲撃などはこの中国の道徳心に則った当然の行動である」といえるでしょう。
謝らないのも当然です。
「資本主義などは腐敗思想である」と決め付け、ここから総ての考えを展開しています。
即ち、「「社会主義・共産主義以外は道徳的にも悪であり、妥協できない」と、憲法に謳い込んでいるのです。
「話し合いで解決できる」などとする日本のような甘い考えで対処できるはずがありません。
因みに、日本は、「修身」においても「教育勅語」においても「博愛」を説いてきました。
日本人だけ愛せよとは書かれていません。
基本的に、思想・信条において差別しないのです。
下に掲げる東條英機の行動もその現れです。
この基本は、そのまま現在の憲法にもありますし、我々日本人の心の中を今のところ支配していますが、欠陥教育によって徐々に失われつつあります。
靖国神社参拝がどうのこうのなどと、一握りの横紙破り国家の戯言に惑わされ、右往左往している暇はないのです。
ぼやぼやしていれば、「自分たち以外は腐敗している」などと考える日本人が大量に生産されていかないとも限りません。
既にその兆候が現れていることは、ライブドアなどのマスコミを賑わす様々な事件でお解かりでしょう。
この「日本人の心」が腐らないうちに、日本政府は日本独自の国家体制を築き、「日本人の心」を育んでいくことが今一番必要な我国の案件です。
-----------------------------------------------------------------------------------
東條英機を「英雄」と称えるユダヤ人↓
http://ilovenippon.jugem.jp/?eid=6
(「週間新潮」4月13日号より引用)
1937年、ナチスの暴挙を世界に喧伝するためにハルビンで開催された極東ユダヤ人大会。ハルビン特務機関長だった樋口季一郎らが大会に出席したことに対し、当時、同盟国であったドイツが抗議。その抗議を東條が握りつぶした
ナチスの迫害から逃れたユダヤ人を満州国に入国させたことに対するドイツ外務省の抗議を、「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」と一蹴した
-----------------------------------------------------------------------------------











