日教組の策略?と、その失敗
この度、プリンスホテルが日教組の教育研究全国集会の会場提供を契約後に断ったことで全体会が中止になったとして、日教組がプリンスホテルや役員らを相手取って3億円超の損害賠償を求める訴訟を14日に東京地裁に起こすとのことである。
→http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/129708/
これは、日教組は昨年5月に使用申込契約を結んだが、プリンス側は同11月に契約を解除したため日教組は会場使用を求めて仮処分を申請し、東京地裁と高裁が仮処分を決定したにも拘らずプリンスホテルがあえて使用させなかったことを受けてのこと。
ところで、プリンスホテル側は次の通り述べている。(以下要点のみ抜粋)
→http://news.livedoor.com/article/detail/3551464/
周囲は住宅密集地で病院、学校など公共施設も多い。そこで開催された場合、街宣車の大騒音や周辺道路が封鎖されることで交通が麻痺し、大混乱に陥ると判断した。
同集会の前日、当日の2月1、2日は当ホテルの半径2キロメートル圏内で入試があり、約7000名の生徒さんが受験する予定だったことだ。当ホテルにも受験生450人が宿泊していた。
厳戒態勢のなか、身分証明書を提示して検問を通過し、大騒音のなかで受験しなければならなくなったら、受験生やご家族の長い間の努力の成果が存分に発揮できるだろうか。
必死に頑張ってきて極度の緊張のなかにいる受験生を、物々しい厳戒態勢と大騒音のなかに送り出すわけにはいかない。
「基本的人権」も大切だが「公共の福祉」も同じように大切であると、われわれは考えた。
全体集会は過去にどのプリンスホテルでも経験はなく、(このため判断が甘かった点はあろうが最終的に)私たちは、お客様、近隣の方々の安心安全を優先した。苦渋の決断だった。
―以上、引用―
プリンスホテルの対応は、極めて良心的ではないか。
しかしながら、これに対する日教組の対応は、(以下、同じく抜粋)
(「受験生への配慮」について、日教組からは)特別の反応はない。
とのこと。
さらに、プリンスホテルは、
「誤解を恐れずに言えば、全体集会を取りやめたのは日教組側だ。解約した11月から今年2月まで3ヵ月間あった。代替会場を探す余裕はあったのではないか。」
とも述べていて、質問した報道関係者も「実は代替会場は確保されており、それがあえてキャンセルされたという情報もある」とも述べている。
不思議なのは、日教組は「何故ここまでプリンスホテルに拘ったのか?」ということだが、
これらから穿った見方を以って推察すると、日教組は、
1.プリンスホテルの人の良さにつけ込んで全体集会を行い
2.右翼の街宣車を回りに集結させて大音響での街宣活動を行わせ
3.受験生たちを初めとする人たちに甚大なる被害を与えさせ
4.世論をして右翼を非難させ
5.日教組も同じ被害に遭ってきたことを国民にアピールし、同情をかう
ことを狙っていたのではなかろうか。
そうでなければ、仮処分を申請するまでして会場を確保しようとしたにも拘らず「確保されていた代替会場をあえてキャンセル」した理由が見当たらない。
又、プリンスの「一部に誤解があるのだが、警察に警備を要請するのは日教組であり、われわれではない。」との発言もこの見方を補強する。
したがって、仮処分を申請したことは単なるパフォーマンスに過ぎなかったのではないか?
この日教組の策略にまんまとしてやられ、協力させられたのが、
「当初から、受験生への配慮が解約の最大の理由だったことをプリンスホテル側は説明していたが、ほとんどのメデイアは報道のなかで触れてこなかった。」(プリンスに質問した報道関係者)
といわれるマスコミである。
この日教組の策略を反故にさせたプリンスホテルに拍手を送りたい。
→http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/129708/
これは、日教組は昨年5月に使用申込契約を結んだが、プリンス側は同11月に契約を解除したため日教組は会場使用を求めて仮処分を申請し、東京地裁と高裁が仮処分を決定したにも拘らずプリンスホテルがあえて使用させなかったことを受けてのこと。
ところで、プリンスホテル側は次の通り述べている。(以下要点のみ抜粋)
→http://news.livedoor.com/article/detail/3551464/
周囲は住宅密集地で病院、学校など公共施設も多い。そこで開催された場合、街宣車の大騒音や周辺道路が封鎖されることで交通が麻痺し、大混乱に陥ると判断した。
同集会の前日、当日の2月1、2日は当ホテルの半径2キロメートル圏内で入試があり、約7000名の生徒さんが受験する予定だったことだ。当ホテルにも受験生450人が宿泊していた。
厳戒態勢のなか、身分証明書を提示して検問を通過し、大騒音のなかで受験しなければならなくなったら、受験生やご家族の長い間の努力の成果が存分に発揮できるだろうか。
必死に頑張ってきて極度の緊張のなかにいる受験生を、物々しい厳戒態勢と大騒音のなかに送り出すわけにはいかない。
「基本的人権」も大切だが「公共の福祉」も同じように大切であると、われわれは考えた。
全体集会は過去にどのプリンスホテルでも経験はなく、(このため判断が甘かった点はあろうが最終的に)私たちは、お客様、近隣の方々の安心安全を優先した。苦渋の決断だった。
―以上、引用―
プリンスホテルの対応は、極めて良心的ではないか。
しかしながら、これに対する日教組の対応は、(以下、同じく抜粋)
(「受験生への配慮」について、日教組からは)特別の反応はない。
とのこと。
さらに、プリンスホテルは、
「誤解を恐れずに言えば、全体集会を取りやめたのは日教組側だ。解約した11月から今年2月まで3ヵ月間あった。代替会場を探す余裕はあったのではないか。」
とも述べていて、質問した報道関係者も「実は代替会場は確保されており、それがあえてキャンセルされたという情報もある」とも述べている。
不思議なのは、日教組は「何故ここまでプリンスホテルに拘ったのか?」ということだが、
これらから穿った見方を以って推察すると、日教組は、
1.プリンスホテルの人の良さにつけ込んで全体集会を行い
2.右翼の街宣車を回りに集結させて大音響での街宣活動を行わせ
3.受験生たちを初めとする人たちに甚大なる被害を与えさせ
4.世論をして右翼を非難させ
5.日教組も同じ被害に遭ってきたことを国民にアピールし、同情をかう
ことを狙っていたのではなかろうか。
そうでなければ、仮処分を申請するまでして会場を確保しようとしたにも拘らず「確保されていた代替会場をあえてキャンセル」した理由が見当たらない。
又、プリンスの「一部に誤解があるのだが、警察に警備を要請するのは日教組であり、われわれではない。」との発言もこの見方を補強する。
したがって、仮処分を申請したことは単なるパフォーマンスに過ぎなかったのではないか?
この日教組の策略にまんまとしてやられ、協力させられたのが、
「当初から、受験生への配慮が解約の最大の理由だったことをプリンスホテル側は説明していたが、ほとんどのメデイアは報道のなかで触れてこなかった。」(プリンスに質問した報道関係者)
といわれるマスコミである。
この日教組の策略を反故にさせたプリンスホテルに拍手を送りたい。
天体・原子の大きさ比較
イージス艦事故、国民挙って平和ボケ?
今回のイージス艦と魚船との衝突事故、
どちらに回避義務があるか、2分前に発見か、などと喧しい。
さらに、軍事専門家などは「小さい漁船などはイージス艦のレーダーには映りにくい」などと述べている。
イージス艦『あたご』の乗組員がボヤーッとしていたのは間違いなかろうが、マスコミ、政府関係者、軍事専門家までもが平和ボケしてしまったのか?
イージス艦は軍艦である。
しかも、最新鋭の。
ならば、何時如何なるときでも、何処にあろうとも、
常に警戒・監視を怠たらず、非常時に備えることが、その課せられた唯一最大の任務のはずである。
もしも今回の漁船が、潜水艦から発射された魚雷であったなら、
爆弾を積んだテロリストの船であったなら、
イージス艦『あたご』は今頃海の藻屑となって、世界中の笑いものになっている可能性が高いのだ。
今回の事件で、イージス艦は空からの攻撃には強いが、海面又は海中からの攻撃にはまったく手も足も出ないことを世界中に知らしめてしまった。
しかも、そのことに気付いているのかいないのか、この論点に言及する意見が全くない。
日本国民挙って、平和ボケしてしまったようだ。
(追記)
万一、何者かが日本に攻撃を仕掛けてきたとき、
「どこかが攻撃を受けたから」、「攻撃されるとの情報がはいったから」、あるいは「指令を受けたから」改めて細心の注意を払う。
通常の兵力を担う部署であればそれでも一応はいいかもしれない。
しかし、イージス艦は敵の動きをいち早く察知して即座に対処すべき任務を負い、そのように作られた最新鋭のハイテク軍艦である。
敵が攻撃を仕掛けてくる際は、このイージス艦に対し一番初めに、しかも覚られないように攻撃してくるのは戦術上当然のことである。
すなわち、どこか外のところが攻撃を受けたときには、既にイージス艦は攻撃を受けてしまって終わった後なのだ。
そうなれば、宝の持ち腐れどころか、日本国及び日本国民に対する重大な背信行為となる。
したがって、「イージス艦の目的は何か」を常に肝に銘じて乗組員が行動していれば、今回の事故はまかり間違っても起こり得ていないだろうことは想像に難くない。
「たかが漁船だから」「相手が避けてくれるだろう」などとの今回のような生易しい根性はまかり間違っても持たない自衛官だけが乗り組んで欲しいと願う。
どちらに回避義務があるか、2分前に発見か、などと喧しい。
さらに、軍事専門家などは「小さい漁船などはイージス艦のレーダーには映りにくい」などと述べている。
イージス艦『あたご』の乗組員がボヤーッとしていたのは間違いなかろうが、マスコミ、政府関係者、軍事専門家までもが平和ボケしてしまったのか?
イージス艦は軍艦である。
しかも、最新鋭の。
ならば、何時如何なるときでも、何処にあろうとも、
常に警戒・監視を怠たらず、非常時に備えることが、その課せられた唯一最大の任務のはずである。
もしも今回の漁船が、潜水艦から発射された魚雷であったなら、
爆弾を積んだテロリストの船であったなら、
イージス艦『あたご』は今頃海の藻屑となって、世界中の笑いものになっている可能性が高いのだ。
今回の事件で、イージス艦は空からの攻撃には強いが、海面又は海中からの攻撃にはまったく手も足も出ないことを世界中に知らしめてしまった。
しかも、そのことに気付いているのかいないのか、この論点に言及する意見が全くない。
日本国民挙って、平和ボケしてしまったようだ。
(追記)
万一、何者かが日本に攻撃を仕掛けてきたとき、
「どこかが攻撃を受けたから」、「攻撃されるとの情報がはいったから」、あるいは「指令を受けたから」改めて細心の注意を払う。
通常の兵力を担う部署であればそれでも一応はいいかもしれない。
しかし、イージス艦は敵の動きをいち早く察知して即座に対処すべき任務を負い、そのように作られた最新鋭のハイテク軍艦である。
敵が攻撃を仕掛けてくる際は、このイージス艦に対し一番初めに、しかも覚られないように攻撃してくるのは戦術上当然のことである。
すなわち、どこか外のところが攻撃を受けたときには、既にイージス艦は攻撃を受けてしまって終わった後なのだ。
そうなれば、宝の持ち腐れどころか、日本国及び日本国民に対する重大な背信行為となる。
したがって、「イージス艦の目的は何か」を常に肝に銘じて乗組員が行動していれば、今回の事故はまかり間違っても起こり得ていないだろうことは想像に難くない。
「たかが漁船だから」「相手が避けてくれるだろう」などとの今回のような生易しい根性はまかり間違っても持たない自衛官だけが乗り組んで欲しいと願う。
教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会の虚実
教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会に関して、
読売新聞の記事には、
集団自決が日本軍の関与なしに起こり得なかったとする大会決議を採択
吉川嘉勝さん(68)は、(中略)軍の関与があったとの認識を強調
→http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070929it13.htm
毎日新聞では、
仲井真知事も「日本軍の関与は覆い隠すことのできない事実」
→http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070930k0000m040064000c.html
朝日新聞は、
「教科書から軍の関与を消さないでください。」
→http://www.asahi.com/national/update/0930/TKY200709300001.html
と、書かれている。
これらの何処にも『軍の関与』の記述はあっても、『軍に強制された』との記述はない。
強いて見い出そうと試みるならば、
「兄は軍の玉砕命令が下りたと言っていた」軍の命令をうかがわせる新たな証言(毎日新聞)
であるが、これはあくまでも伝聞である。
当時、多くの沖縄の人たちが関係していたにもかかわらず、強制に関する直接的証言が皆無なのである。
ましてや、
津嘉山さんは会場の参加者に語りかけた。「死を求める住民が毒の入った注射器の前に列をなし…。」(朝日新聞)
との記事は、強制されてではなく、『住民自らが求めた』との証言ではないか。
「東京を始めとする無差別絨毯空爆を行うようなアメリカ軍の捕虜になればとんでもないことになる。自決したほうが…。」との噂が広まり、
「自決するには武器が要る。」、「それでは、軍のを使えばよい。」とのやりとりは同じ日本人どうし、当然あったと推測できる。
したがって、消極的な部分での関与まで否定は出来ないだろうから、
「『軍の関与があった』との記述を求める」のならば、話はわかるが、
此処から直ちに、
「大会は旧日本軍の命令、強制、誘導などの表現が削除された教科書検定を厳しく批判。検定意見の撤回と集団自決を巡る強制性の記述回復を求める…。」(毎日新聞)
がどうして出て来るのか?
「社会・歴史教科書の記述は、国語で教える日本語の使用法に忠実でなくても良い。」
とでも言うのだろうか?
日本語の使い方が乱れていると言われる。
「乱れついでにドサクサに紛れて、何が何でも圧力をかけて押し通せ!」との意図か?
これでは、テロだ!
読売新聞の記事には、
集団自決が日本軍の関与なしに起こり得なかったとする大会決議を採択
吉川嘉勝さん(68)は、(中略)軍の関与があったとの認識を強調
→http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070929it13.htm
毎日新聞では、
仲井真知事も「日本軍の関与は覆い隠すことのできない事実」
→http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070930k0000m040064000c.html
朝日新聞は、
「教科書から軍の関与を消さないでください。」
→http://www.asahi.com/national/update/0930/TKY200709300001.html
と、書かれている。
これらの何処にも『軍の関与』の記述はあっても、『軍に強制された』との記述はない。
強いて見い出そうと試みるならば、
「兄は軍の玉砕命令が下りたと言っていた」軍の命令をうかがわせる新たな証言(毎日新聞)
であるが、これはあくまでも伝聞である。
当時、多くの沖縄の人たちが関係していたにもかかわらず、強制に関する直接的証言が皆無なのである。
ましてや、
津嘉山さんは会場の参加者に語りかけた。「死を求める住民が毒の入った注射器の前に列をなし…。」(朝日新聞)
との記事は、強制されてではなく、『住民自らが求めた』との証言ではないか。
「東京を始めとする無差別絨毯空爆を行うようなアメリカ軍の捕虜になればとんでもないことになる。自決したほうが…。」との噂が広まり、
「自決するには武器が要る。」、「それでは、軍のを使えばよい。」とのやりとりは同じ日本人どうし、当然あったと推測できる。
したがって、消極的な部分での関与まで否定は出来ないだろうから、
「『軍の関与があった』との記述を求める」のならば、話はわかるが、
此処から直ちに、
「大会は旧日本軍の命令、強制、誘導などの表現が削除された教科書検定を厳しく批判。検定意見の撤回と集団自決を巡る強制性の記述回復を求める…。」(毎日新聞)
がどうして出て来るのか?
「社会・歴史教科書の記述は、国語で教える日本語の使用法に忠実でなくても良い。」
とでも言うのだろうか?
日本語の使い方が乱れていると言われる。
「乱れついでにドサクサに紛れて、何が何でも圧力をかけて押し通せ!」との意図か?
これでは、テロだ!
『てっく氏の件について』くっくりさんのブログから
私は旧宮家復籍キャンペーンについてよく理解できなかったので参加しませんでしたが、くっくりさんのブログを久しぶりに拝見させていただいて、皆さん喧々諤々なご様子、一言コメントさせていただこうと思いましたが、受け付けられませんのでここに掲載します。
『石橋を叩いて渡る』という諺があります。
安全かどうかを確かめるために叩くのですが、叩きすぎると橋は壊れて渡れなくなってしまいます。
目的はあくまでも渡ること。
適度に判断して決断し、渡り始めることになるのですが、それでもなお、途中で地震や他の通行人などの障害に出くわすこともあるでしょう。
今回の件は、一度は叩いてみたが、運悪く、その橋の中央が腐っていた。
だからといって、橋を見つけて皆さんに知らせた人に何の責任がありますか。
自分は高みの見物を決め込んだのならともかく、一緒に渡ろうとした人に落ち度を見出すことは酷と言えます。
橋の中央が腐っていたことの責任を追及することは勿論としても、義務や報酬について何の取り決めもないにもかかわらず、善意で皆さんに知らせた人に、結果において責任を課そうとするのはおかしいと言わざるを得ません。
大人である以上、石橋を叩く責任は渡るすべての人が自ら負うべきです。
そして、再度言いますが、目的はあくまでも橋を渡ること。
腐った橋から落ちたことは、次に別の橋を渡るための糧として蓄積されます。
また、別の橋を見つけましょう。
あるいは、みんなで橋を造ろうではありませんか。
木を見て森を見ずという言葉もあります。
百人百様、それぞれ、ものの見方も違いますし、考え方もさまざまです。
ご自分の立場で、善いと信じて行ったことは、皆さん、お互いに認め合おうではありませんか。
その上で、何処に問題があったかを分析し、本来の目的を目指しましょう。
今回の件も、皆さんが皇室とその伝統を守ろうとして一丸となった事実を忘れてはなりません。
仲間割れは、それこそ敵の思う壺、敵を利するだけです。
『石橋を叩いて渡る』という諺があります。
安全かどうかを確かめるために叩くのですが、叩きすぎると橋は壊れて渡れなくなってしまいます。
目的はあくまでも渡ること。
適度に判断して決断し、渡り始めることになるのですが、それでもなお、途中で地震や他の通行人などの障害に出くわすこともあるでしょう。
今回の件は、一度は叩いてみたが、運悪く、その橋の中央が腐っていた。
だからといって、橋を見つけて皆さんに知らせた人に何の責任がありますか。
自分は高みの見物を決め込んだのならともかく、一緒に渡ろうとした人に落ち度を見出すことは酷と言えます。
橋の中央が腐っていたことの責任を追及することは勿論としても、義務や報酬について何の取り決めもないにもかかわらず、善意で皆さんに知らせた人に、結果において責任を課そうとするのはおかしいと言わざるを得ません。
大人である以上、石橋を叩く責任は渡るすべての人が自ら負うべきです。
そして、再度言いますが、目的はあくまでも橋を渡ること。
腐った橋から落ちたことは、次に別の橋を渡るための糧として蓄積されます。
また、別の橋を見つけましょう。
あるいは、みんなで橋を造ろうではありませんか。
木を見て森を見ずという言葉もあります。
百人百様、それぞれ、ものの見方も違いますし、考え方もさまざまです。
ご自分の立場で、善いと信じて行ったことは、皆さん、お互いに認め合おうではありませんか。
その上で、何処に問題があったかを分析し、本来の目的を目指しましょう。
今回の件も、皆さんが皇室とその伝統を守ろうとして一丸となった事実を忘れてはなりません。
仲間割れは、それこそ敵の思う壺、敵を利するだけです。
自民党は、丸ごと騙されるのか?
今回の安倍首相の突然の辞任は、世界中を驚かせるほど不可解であった。
そのため、さまざまな情報が飛び交い、安倍首相は暴力団から脅されていたとの情報まである。
しかしながら、さらに不可解なのは、自民党の派閥ぐるみの麻生包囲網である。
その根拠とされたのが、「麻生クーデター」説であるが、本当であろうか?
真実は、『中国の「対日政治工作」』(http://izariuo.blog32.fc2.com/blog-category-15.html)の『一連の集大成』、と見るのが正解ではなかろうか。
『朝日新聞が福田政権誕生を心待ちにしている』旨の次の情報からもそのように推測される。
朝日新聞内には北京オリンピックを昂揚させる宣伝部局が設置されている。
その次長が参院選挙前に次のように語ったと聞いている。
次長 今回の選挙で安倍政権を退陣に追い込む
聞き手 民主党政権を受け皿にするつもりなのか
次長 民主党ではない。福田政権ができればよい。
(http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1028.html#more)
そうでなければ、
「上海領事館の自殺事件を小泉に知らせず、もみ消し」
「北朝鮮の不審船の引き上げを中国政府の意向を組んで必死に妨害し」
「中国原潜の領海侵犯の報告を遅らせ」
「アンマン空港のゴミを税金で救い」
「尖閣諸島に上陸した中国人活動家を起訴せずに送り返し」
「拉致被害者家族に、「うるさい!黙りなさい!あんたのところは生きているんでしょう」と怒鳴りつけ」
「女系天皇容認にも熱心で、(略)「男系維持派は相当、頭が悪い」と言い放ち」
「防衛庁(当時)・自衛隊にも本当に冷淡(略)小泉氏の代わりに防衛庁で訓示を述べた際にも、不祥事に対する叱責ばかり」
「官邸側の防衛庁への指示不徹底、連絡不足をすべて防衛庁のせいにし(略)その反面、外務省はやたらと大事にし」
(以上、「くちべた日本人の情報の間」http://blog.goo.ne.jp/kuchibeta1966/より)
集団レイプ事件に関し、「女性にもいかにも『してくれ』っていうの、いるじゃない」「そういう格好しているほうが悪いんだ。男は黒豹なんだから、情状酌量ってこともあるんじゃないの」と言って、社会民主党・共産党から追及され、→http://www5.sdp.or.jp/central/timebeing03/moushiire0704.html
→http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-07-09/02_04.html
挙句の果ては、
福田長官がやめた本当の理由は国民年金の未納問題ではなく、国会議員になる以前に厚生年金に加入していたが、これが勤務実態がないのに某会社に勤務していたことにして、厚生年金に加入していたという詐欺の疑惑が出てきたのだ。
もしこの厚生年金の期間を詐称して年金を受け取った場合は、詐欺になる。マスコミがこの事実をつかんで、問い合わせたので、あわてて辞任ということになった
(略)
国会議員になってからの納入期間に限定したのは、こういう不正が発覚するのを恐れていたからだ。
三閣僚の未納が発覚した後に社会保険事務所に「国会議員の名前で勝手に照会をするな」とアクセス禁止を通達している。
(同じく、「くちべた日本人の情報の間」より)
などとされ、日本の国、国民のためになる功績をとんと聞いたことがない福田氏を、自民党派閥が挙って応援する理由が見い出せない。
つまり、
マスコミは言うに及ばず、自民党までもが丸ごと騙されたと考えるのが妥当だろう。
当然、目指すは「日米の分断」から始まって、「台湾の中国併合」、「沖縄の中国移譲」、最後は、「中国による日本の併合」である。
あるいは、「中国による朝鮮半島併合」までいくかもしれない。
勿論、拉致被害者対策などは、福田氏の過去の言動から見ても判るとおり、無視。
この考えを裏付けるかのように、
『安倍晋三の退陣と「麻生クーデター」説の怪(2007/9/19)』としてNIKKEI NETに記事が掲載されている。
(http://www.nikkei.co.jp/neteye5/shimizu2/20070918nea9i000_18.html)
以下、少々長いが、全文引用させていただく。
「誰がそんなことを言っているんだ?そんなことはない」。東京・信濃町の慶応大病院。入院中の首相・安倍晋三はベッドの上で少なくとも2回、こうつぶやいている。「そんなこと」とは「麻生クーデター」説である。参院選大敗後も安倍を支え抜くとささやいた自民党幹事長・麻生太郎が実際は内閣改造人事や政権運営で首相の実権を奪い取り、安倍は「だまされた」と叫んで政権を投げ出した――。ポスト安倍政局で一夜にして麻生を劣勢に追いやったこの「物語」を安倍自身がいま、否定する。検証すればするほど、奇怪な裏側が見えてくる。
参院選当日から敷かれていた「麻生包囲網」
「麻生クーデター」説は12日午後、安倍が辞意を表明した直後から流れ出した。「安倍が11日に面会した自民党の有力議員に『麻生にだまされた』と漏らした。突然の辞意は権力を簒奪(さんだつ)した麻生へのせめてもの抵抗であり、憤死なのだ」と言う骨子だった。さらに自称「安倍の最側近」までが同様の「だまされた」説を口にしていると言う。誰もが一目置く「有力議員」や「安倍最側近」が発信した情報と受け止められたからこそ、瞬く間に永田町に広まった。それだけではない。「麻生クーデター」説が浸透しやすい政治的な素地が確かにあった。
まず麻生自身に戦略的な失敗があった。麻生は12日午後の記者会見で、10日夕の党役員会後に安倍から辞意を打ち明けられていたと明かした。自身の出馬について聞かれると「ガハハハ、まだ聞くのは早すぎるし、答えるのも早すぎる」と場違いな笑顔を見せた。ポスト安倍の総裁選の日程を「14日告示−19日投票」と言う超短期決戦でまとめようとしてもいた。ここから2日前に安倍の辞意を知ったうえで「ここは緊急事態なので麻生しかいない」と安倍後継への一気呵成の流れを周到に仕組んだのではないか、と疑心暗鬼が渦巻いた。
大敗した7月29日の参院選当日、真っ先に安倍と協議して続投の流れを決めたのも麻生だった。「福田後継」も考慮していた元首相・森喜朗、前参院議員会長・青木幹雄らは先手を打たれ、不快感を募らせた。麻生は改造人事で幹事長を射止め、安倍の相談相手となって官房長官・与謝野馨、国会対策委員長・大島理森など中枢ポストの人選までも主導した。安倍周辺からパージされた旧「チーム安倍」の面々や、ポストにありつけなかった当選1回の小泉チルドレンに至るまで「やりすぎだ」と党内横断的に麻生批判がくすぶっていた。
8月27日の改造内閣発足後、老練な「麻生−与謝野ライン」が政権運営の実権を掌握し、安倍は「カヤの外」に置かれたとの観測が広がった。麻生が安倍の意向をくむかのように郵政造反組の大物、元経済産業相の平沼赳夫の無条件復党に動き、チルドレンだけでなく、前首相・小泉純一郎とその周辺にも麻生不信が強まった。小泉は「自民党は衆院で圧倒的多数を占めているのに、復党させて何のメリットがあるのか」と怒っていた。麻生が安倍に寄り添い「AA連合」と誇示すればするほど、潜在的な「麻生包囲網」は広がっていったのだ。
「安倍カヤの外」「与謝野官邸」説の虚実
ただ、「包囲網」を招き寄せた麻生の自業自得と、安倍退陣の「麻生クーデター」説はまるで次元の違う問題だ。「麻生−与謝野ライン」が辣腕を見せつけ、安倍を棚上げした好例とされる一つは9月3日の前農相・遠藤武彦の更迭劇である。安倍が「カヤの外」だったわけでは全くない。1日の朝刊報道で補助金の不正受給問題が発覚すると、安倍はすぐ遠藤の更迭と現農相・若林正俊の起用を決め、土曜日だったその日のうちに指示を下している。麻生も更迭論に傾いていたが、与謝野は遠藤の様子も見て慎重な取り運びを思案していた。
ここは安倍の意向を受け、与謝野が官房長官として「受け身の調整役」に徹した場面だった。遠藤更迭が確定したのは翌2日昼の麻生、与謝野、大島の3者協議の場である。安倍には早く遠藤を切り捨て、指導力を発揮した体裁を取りたい気分ものぞいたが、任命責任論で返り血を浴びかねないリスクがあった。そこで、麻生ら3者は与謝野がもう一度、遠藤と面会し、遠藤が自発的に辞任する形式を整えるためにひと呼吸置いた。安倍を矢面に立たせず、早すぎず、遅すぎない対応に腐心したのだ。翌朝、遠藤は安倍に辞任を申し出た。
「麻生クーデター」説の別の有力な論拠は当初の「19日投票」と言う超スピードの総裁選日程案だ。これも麻生が決めたのではない。原案をつくったのは自民党幹事長室だが、最終判断を下したのは安倍本人だ。「19日投票」は20日の首相指名と組閣を経て、24日からニューヨークでの国連気候変動ハイレベル会合(首脳級)や国連総会に新首相が出席するという前提で組み立てた日程だった。気候変動の会合は来年の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)に向け、地球環境問題の首脳級討議のキックオフとなる重要な場である。
12日午後、辞意表明の記者会見を終えた安倍に、ある官邸スタッフが注意を促した。「総裁選の段取りですが、麻生幹事長も候補者の1人になる可能性があるので、お手盛りで決めたという印象を持たれるのは避けないと……」。遠まわしに「14日告示−19日投票」案の危うさを指摘したのだ。安倍は語気を強めて反論した。「麻生さんは『候補者』でしょう」。そして断を下した。「この日程(19日投票)でいい」。麻生は「後継候補の1人」ではなくまぎれもない「後継候補」なのだ。こう言い切った安倍の姿と、「だまされた」発言説は両立しにくい。
「中川秀直前幹事長が11日に安倍首相に会っている。中川氏から森氏に(辞意について)電話が行ってという段取りになっているはずだ。その段階で(森氏も)知っていたはずだ」。麻生は16日、民放テレビに出演して森や中川秀直も安倍の辞意を表明前日までに察知していたはずだ、と反撃に出た。首相官邸の留守居役として総裁選では局外中立に徹している与謝野も18日の会見で、麻生とひとくくりに「クーデター」関係者扱いを受けたことに「首相を支える任務に違反した行動を取ったことは一度もない」と全面否定した。
中川・武部が福田に「小泉チルドレン」誘導
安倍の「だまされた」発言説と、全く相反する「そんなことは言っていない」という病室でのつぶやき。安倍親衛隊も福田と麻生に割れている。中川秀直は「反麻生」の立場で小泉チルドレンに結束した行動を促しておいて、いち早く福田擁立へと急旋回した。福田が出馬宣言した14日の町村派の臨時総会にも姿を見せ、同派に復帰した。安倍側近を自任した前首相補佐官・世耕弘成(広報担当)も同じ町村派のよしみとは言え、安倍の対極にいた福田の陣営に走り、また広報担当として汗をかく。「派閥の論理」でしか理解しづらい行動だ。
一方、安倍の「影の官房長官」とも呼ばれた前総務相・菅義偉や、最も親しい「お友達」の一角、前政調会長・中川昭一は麻生の推薦人に名を連ね、波紋を広げた。この中の一人は「安倍首相の気持ちをくんで、麻生氏に一票を投じたい。首相本人から麻生批判を聞いたことは一度もない」と断言する。中川秀直に近いと見られてきた経産相・甘利明も「首相と同じ思いでやってきた麻生氏を支持する」と表明した。「お友達」では政調会長・石原伸晃も「安倍・麻生が不仲になると利益を得る人たちがクーデター説を流した」と解説している。
「麻生クーデターかと思っていたら、実は福田クーデターだった」。13日付で小泉に退職届を提出した腹心の前首相秘書官・飯島勲はこう言い残して永田町を立ち去った。小泉が最終的に福田支持に動き、飯島が突然退職した経緯は不透明だ。ただ、当初は平沼復党に傾く麻生を嫌って「これはクーデターだ。首相を後ろから刺した人がいる」(党広報局長・片山さつき)と徹底攻撃し、飯島の後見のもと小泉再登板で36人まで署名集めを進めていたチルドレンを中川秀直や元幹事長・武部勤が福田支持へとしっかり誘導したのは確かだ。
16日、武部が率いる小泉チルドレンの集まり「新しい風」の会合。「福田支持」で武部が意見集約しようとした時、突然、立ち上がった男がいた。「もうついて行けません!」。あの「ニート議員」杉村太蔵である。武部は怒鳴り返した。「出て行け!」。麻生派を除く8派閥がこぞって福田を推す流れに、小泉チルドレンまでがまるで派閥のように乗っかろうとしている。部屋を飛び出した杉村は吐き捨てた。「こんなやり方で総裁が決まるなら、自民党はもう終わりだ!」。結束を誇ってきた「小泉ファミリー」も今や四分五裂の様相を呈している。
18日にも退院の予定だった安倍は今週いっぱい、入院を続ける見通しとなった。病状がそれほど深刻だとなれば、一人歩きした「麻生クーデター」説どころではなく、紛れもないドクターストップによる退陣だったという観測が再浮上する。病名は「機能性胃腸障害」だと言う病院側の素っ気ない発表も念入りに検証し直す必要がある。安倍は果たして正常な判断能力を保持しているのか。首相の健康状態と退陣を巡ってこれほど謀略めいた情報が飛び交い、真相が謎に包まれているのは国家的スキャンダルと言われても仕方がない。(文中敬称略)
そのため、さまざまな情報が飛び交い、安倍首相は暴力団から脅されていたとの情報まである。
しかしながら、さらに不可解なのは、自民党の派閥ぐるみの麻生包囲網である。
その根拠とされたのが、「麻生クーデター」説であるが、本当であろうか?
真実は、『中国の「対日政治工作」』(http://izariuo.blog32.fc2.com/blog-category-15.html)の『一連の集大成』、と見るのが正解ではなかろうか。
『朝日新聞が福田政権誕生を心待ちにしている』旨の次の情報からもそのように推測される。
朝日新聞内には北京オリンピックを昂揚させる宣伝部局が設置されている。
その次長が参院選挙前に次のように語ったと聞いている。
次長 今回の選挙で安倍政権を退陣に追い込む
聞き手 民主党政権を受け皿にするつもりなのか
次長 民主党ではない。福田政権ができればよい。
(http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1028.html#more)
そうでなければ、
「上海領事館の自殺事件を小泉に知らせず、もみ消し」
「北朝鮮の不審船の引き上げを中国政府の意向を組んで必死に妨害し」
「中国原潜の領海侵犯の報告を遅らせ」
「アンマン空港のゴミを税金で救い」
「尖閣諸島に上陸した中国人活動家を起訴せずに送り返し」
「拉致被害者家族に、「うるさい!黙りなさい!あんたのところは生きているんでしょう」と怒鳴りつけ」
「女系天皇容認にも熱心で、(略)「男系維持派は相当、頭が悪い」と言い放ち」
「防衛庁(当時)・自衛隊にも本当に冷淡(略)小泉氏の代わりに防衛庁で訓示を述べた際にも、不祥事に対する叱責ばかり」
「官邸側の防衛庁への指示不徹底、連絡不足をすべて防衛庁のせいにし(略)その反面、外務省はやたらと大事にし」
(以上、「くちべた日本人の情報の間」http://blog.goo.ne.jp/kuchibeta1966/より)
集団レイプ事件に関し、「女性にもいかにも『してくれ』っていうの、いるじゃない」「そういう格好しているほうが悪いんだ。男は黒豹なんだから、情状酌量ってこともあるんじゃないの」と言って、社会民主党・共産党から追及され、→http://www5.sdp.or.jp/central/timebeing03/moushiire0704.html
→http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-07-09/02_04.html
挙句の果ては、
福田長官がやめた本当の理由は国民年金の未納問題ではなく、国会議員になる以前に厚生年金に加入していたが、これが勤務実態がないのに某会社に勤務していたことにして、厚生年金に加入していたという詐欺の疑惑が出てきたのだ。
もしこの厚生年金の期間を詐称して年金を受け取った場合は、詐欺になる。マスコミがこの事実をつかんで、問い合わせたので、あわてて辞任ということになった
(略)
国会議員になってからの納入期間に限定したのは、こういう不正が発覚するのを恐れていたからだ。
三閣僚の未納が発覚した後に社会保険事務所に「国会議員の名前で勝手に照会をするな」とアクセス禁止を通達している。
(同じく、「くちべた日本人の情報の間」より)
などとされ、日本の国、国民のためになる功績をとんと聞いたことがない福田氏を、自民党派閥が挙って応援する理由が見い出せない。
つまり、
マスコミは言うに及ばず、自民党までもが丸ごと騙されたと考えるのが妥当だろう。
当然、目指すは「日米の分断」から始まって、「台湾の中国併合」、「沖縄の中国移譲」、最後は、「中国による日本の併合」である。
あるいは、「中国による朝鮮半島併合」までいくかもしれない。
勿論、拉致被害者対策などは、福田氏の過去の言動から見ても判るとおり、無視。
この考えを裏付けるかのように、
『安倍晋三の退陣と「麻生クーデター」説の怪(2007/9/19)』としてNIKKEI NETに記事が掲載されている。
(http://www.nikkei.co.jp/neteye5/shimizu2/20070918nea9i000_18.html)
以下、少々長いが、全文引用させていただく。
「誰がそんなことを言っているんだ?そんなことはない」。東京・信濃町の慶応大病院。入院中の首相・安倍晋三はベッドの上で少なくとも2回、こうつぶやいている。「そんなこと」とは「麻生クーデター」説である。参院選大敗後も安倍を支え抜くとささやいた自民党幹事長・麻生太郎が実際は内閣改造人事や政権運営で首相の実権を奪い取り、安倍は「だまされた」と叫んで政権を投げ出した――。ポスト安倍政局で一夜にして麻生を劣勢に追いやったこの「物語」を安倍自身がいま、否定する。検証すればするほど、奇怪な裏側が見えてくる。
参院選当日から敷かれていた「麻生包囲網」
「麻生クーデター」説は12日午後、安倍が辞意を表明した直後から流れ出した。「安倍が11日に面会した自民党の有力議員に『麻生にだまされた』と漏らした。突然の辞意は権力を簒奪(さんだつ)した麻生へのせめてもの抵抗であり、憤死なのだ」と言う骨子だった。さらに自称「安倍の最側近」までが同様の「だまされた」説を口にしていると言う。誰もが一目置く「有力議員」や「安倍最側近」が発信した情報と受け止められたからこそ、瞬く間に永田町に広まった。それだけではない。「麻生クーデター」説が浸透しやすい政治的な素地が確かにあった。
まず麻生自身に戦略的な失敗があった。麻生は12日午後の記者会見で、10日夕の党役員会後に安倍から辞意を打ち明けられていたと明かした。自身の出馬について聞かれると「ガハハハ、まだ聞くのは早すぎるし、答えるのも早すぎる」と場違いな笑顔を見せた。ポスト安倍の総裁選の日程を「14日告示−19日投票」と言う超短期決戦でまとめようとしてもいた。ここから2日前に安倍の辞意を知ったうえで「ここは緊急事態なので麻生しかいない」と安倍後継への一気呵成の流れを周到に仕組んだのではないか、と疑心暗鬼が渦巻いた。
大敗した7月29日の参院選当日、真っ先に安倍と協議して続投の流れを決めたのも麻生だった。「福田後継」も考慮していた元首相・森喜朗、前参院議員会長・青木幹雄らは先手を打たれ、不快感を募らせた。麻生は改造人事で幹事長を射止め、安倍の相談相手となって官房長官・与謝野馨、国会対策委員長・大島理森など中枢ポストの人選までも主導した。安倍周辺からパージされた旧「チーム安倍」の面々や、ポストにありつけなかった当選1回の小泉チルドレンに至るまで「やりすぎだ」と党内横断的に麻生批判がくすぶっていた。
8月27日の改造内閣発足後、老練な「麻生−与謝野ライン」が政権運営の実権を掌握し、安倍は「カヤの外」に置かれたとの観測が広がった。麻生が安倍の意向をくむかのように郵政造反組の大物、元経済産業相の平沼赳夫の無条件復党に動き、チルドレンだけでなく、前首相・小泉純一郎とその周辺にも麻生不信が強まった。小泉は「自民党は衆院で圧倒的多数を占めているのに、復党させて何のメリットがあるのか」と怒っていた。麻生が安倍に寄り添い「AA連合」と誇示すればするほど、潜在的な「麻生包囲網」は広がっていったのだ。
「安倍カヤの外」「与謝野官邸」説の虚実
ただ、「包囲網」を招き寄せた麻生の自業自得と、安倍退陣の「麻生クーデター」説はまるで次元の違う問題だ。「麻生−与謝野ライン」が辣腕を見せつけ、安倍を棚上げした好例とされる一つは9月3日の前農相・遠藤武彦の更迭劇である。安倍が「カヤの外」だったわけでは全くない。1日の朝刊報道で補助金の不正受給問題が発覚すると、安倍はすぐ遠藤の更迭と現農相・若林正俊の起用を決め、土曜日だったその日のうちに指示を下している。麻生も更迭論に傾いていたが、与謝野は遠藤の様子も見て慎重な取り運びを思案していた。
ここは安倍の意向を受け、与謝野が官房長官として「受け身の調整役」に徹した場面だった。遠藤更迭が確定したのは翌2日昼の麻生、与謝野、大島の3者協議の場である。安倍には早く遠藤を切り捨て、指導力を発揮した体裁を取りたい気分ものぞいたが、任命責任論で返り血を浴びかねないリスクがあった。そこで、麻生ら3者は与謝野がもう一度、遠藤と面会し、遠藤が自発的に辞任する形式を整えるためにひと呼吸置いた。安倍を矢面に立たせず、早すぎず、遅すぎない対応に腐心したのだ。翌朝、遠藤は安倍に辞任を申し出た。
「麻生クーデター」説の別の有力な論拠は当初の「19日投票」と言う超スピードの総裁選日程案だ。これも麻生が決めたのではない。原案をつくったのは自民党幹事長室だが、最終判断を下したのは安倍本人だ。「19日投票」は20日の首相指名と組閣を経て、24日からニューヨークでの国連気候変動ハイレベル会合(首脳級)や国連総会に新首相が出席するという前提で組み立てた日程だった。気候変動の会合は来年の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)に向け、地球環境問題の首脳級討議のキックオフとなる重要な場である。
12日午後、辞意表明の記者会見を終えた安倍に、ある官邸スタッフが注意を促した。「総裁選の段取りですが、麻生幹事長も候補者の1人になる可能性があるので、お手盛りで決めたという印象を持たれるのは避けないと……」。遠まわしに「14日告示−19日投票」案の危うさを指摘したのだ。安倍は語気を強めて反論した。「麻生さんは『候補者』でしょう」。そして断を下した。「この日程(19日投票)でいい」。麻生は「後継候補の1人」ではなくまぎれもない「後継候補」なのだ。こう言い切った安倍の姿と、「だまされた」発言説は両立しにくい。
「中川秀直前幹事長が11日に安倍首相に会っている。中川氏から森氏に(辞意について)電話が行ってという段取りになっているはずだ。その段階で(森氏も)知っていたはずだ」。麻生は16日、民放テレビに出演して森や中川秀直も安倍の辞意を表明前日までに察知していたはずだ、と反撃に出た。首相官邸の留守居役として総裁選では局外中立に徹している与謝野も18日の会見で、麻生とひとくくりに「クーデター」関係者扱いを受けたことに「首相を支える任務に違反した行動を取ったことは一度もない」と全面否定した。
中川・武部が福田に「小泉チルドレン」誘導
安倍の「だまされた」発言説と、全く相反する「そんなことは言っていない」という病室でのつぶやき。安倍親衛隊も福田と麻生に割れている。中川秀直は「反麻生」の立場で小泉チルドレンに結束した行動を促しておいて、いち早く福田擁立へと急旋回した。福田が出馬宣言した14日の町村派の臨時総会にも姿を見せ、同派に復帰した。安倍側近を自任した前首相補佐官・世耕弘成(広報担当)も同じ町村派のよしみとは言え、安倍の対極にいた福田の陣営に走り、また広報担当として汗をかく。「派閥の論理」でしか理解しづらい行動だ。
一方、安倍の「影の官房長官」とも呼ばれた前総務相・菅義偉や、最も親しい「お友達」の一角、前政調会長・中川昭一は麻生の推薦人に名を連ね、波紋を広げた。この中の一人は「安倍首相の気持ちをくんで、麻生氏に一票を投じたい。首相本人から麻生批判を聞いたことは一度もない」と断言する。中川秀直に近いと見られてきた経産相・甘利明も「首相と同じ思いでやってきた麻生氏を支持する」と表明した。「お友達」では政調会長・石原伸晃も「安倍・麻生が不仲になると利益を得る人たちがクーデター説を流した」と解説している。
「麻生クーデターかと思っていたら、実は福田クーデターだった」。13日付で小泉に退職届を提出した腹心の前首相秘書官・飯島勲はこう言い残して永田町を立ち去った。小泉が最終的に福田支持に動き、飯島が突然退職した経緯は不透明だ。ただ、当初は平沼復党に傾く麻生を嫌って「これはクーデターだ。首相を後ろから刺した人がいる」(党広報局長・片山さつき)と徹底攻撃し、飯島の後見のもと小泉再登板で36人まで署名集めを進めていたチルドレンを中川秀直や元幹事長・武部勤が福田支持へとしっかり誘導したのは確かだ。
16日、武部が率いる小泉チルドレンの集まり「新しい風」の会合。「福田支持」で武部が意見集約しようとした時、突然、立ち上がった男がいた。「もうついて行けません!」。あの「ニート議員」杉村太蔵である。武部は怒鳴り返した。「出て行け!」。麻生派を除く8派閥がこぞって福田を推す流れに、小泉チルドレンまでがまるで派閥のように乗っかろうとしている。部屋を飛び出した杉村は吐き捨てた。「こんなやり方で総裁が決まるなら、自民党はもう終わりだ!」。結束を誇ってきた「小泉ファミリー」も今や四分五裂の様相を呈している。
18日にも退院の予定だった安倍は今週いっぱい、入院を続ける見通しとなった。病状がそれほど深刻だとなれば、一人歩きした「麻生クーデター」説どころではなく、紛れもないドクターストップによる退陣だったという観測が再浮上する。病名は「機能性胃腸障害」だと言う病院側の素っ気ない発表も念入りに検証し直す必要がある。安倍は果たして正常な判断能力を保持しているのか。首相の健康状態と退陣を巡ってこれほど謀略めいた情報が飛び交い、真相が謎に包まれているのは国家的スキャンダルと言われても仕方がない。(文中敬称略)
マスコミの世論操作、『「兵」と「軍」との巧妙なすり替え』
「教科書の嘘許さず 大城さん、憤りで声震わせる」との記事が、8月25日16時4分付で琉球新報から発せられた。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-26594-storytopic-1.html
この中に、
日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。彼らは黒砂糖が入った大城さんのリュックサックを取り上げようとした。大城さんが「取らないで」とお願いすると、「生意気なやつだ」と壕の外に引きずりだし、激しく暴行。硬い革靴でけり飛ばされた大城さんは気を失った。殴られた右目は失明した。
「日本兵は本当に恐ろしかった。住民を『スパイだ』と決め付けて虐殺したところも見た。捕虜になれば男は戦車でひき殺され、女は暴行され殺されると言い聞かせ、住民を死(集団自決)に追い込んだのは日本兵だ」と厳しい口調で語る。
との記述がある。
そして、このことが、「高校歴史教科書検定で沖縄戦の「集団自決」に関する記述から日本軍の強制が修正・削除された問題」とされている。
しかしながら、此処には巧妙な論理のすり替えがある。
事実は日本『兵』なのに、結論は日本『軍』となっていること。
『個としての組織の構成員』が、何時の間にか『全体としての組織それ自体』にすり替えられてしまっている事である。
生きるか死ぬかの極限状態を潜り抜けた、当時は12歳の少年、しかもそのときの苦しみを今も引き摺らざるを得ない運命に置かれている方の言については云々する立場にはないが、この方の言を奇貨として、しかも論理をすり替えてまで世論操作を行おうとは、言語道断と言わざるを得ない。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-26594-storytopic-1.html
この中に、
日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。彼らは黒砂糖が入った大城さんのリュックサックを取り上げようとした。大城さんが「取らないで」とお願いすると、「生意気なやつだ」と壕の外に引きずりだし、激しく暴行。硬い革靴でけり飛ばされた大城さんは気を失った。殴られた右目は失明した。
「日本兵は本当に恐ろしかった。住民を『スパイだ』と決め付けて虐殺したところも見た。捕虜になれば男は戦車でひき殺され、女は暴行され殺されると言い聞かせ、住民を死(集団自決)に追い込んだのは日本兵だ」と厳しい口調で語る。
との記述がある。
そして、このことが、「高校歴史教科書検定で沖縄戦の「集団自決」に関する記述から日本軍の強制が修正・削除された問題」とされている。
しかしながら、此処には巧妙な論理のすり替えがある。
事実は日本『兵』なのに、結論は日本『軍』となっていること。
『個としての組織の構成員』が、何時の間にか『全体としての組織それ自体』にすり替えられてしまっている事である。
生きるか死ぬかの極限状態を潜り抜けた、当時は12歳の少年、しかもそのときの苦しみを今も引き摺らざるを得ない運命に置かれている方の言については云々する立場にはないが、この方の言を奇貨として、しかも論理をすり替えてまで世論操作を行おうとは、言語道断と言わざるを得ない。
法の下の不平等
http://www.youtube.com/watch?v=HwDYVjFSI6Y
http://www.youtube.com/watch?v=8XHz6MbNrnk&mode=related&search=
http://www.youtube.com/watch?v=CG_lvrjWbvQ&mode=related&search=
(参考)日本国憲法 第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
http://www.youtube.com/watch?v=8XHz6MbNrnk&mode=related&search=
http://www.youtube.com/watch?v=CG_lvrjWbvQ&mode=related&search=
(参考)日本国憲法 第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
貴重な歴史の教訓を生かせず、さらに過ちを繰り返すのか!
平成17年4月、107人が死亡した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(事故調)は27日、運転士のブレーキ遅れなどの操作ミスが事故原因とする一方、その背景としてJR西日本の懲罰的な「日勤教育」を指摘する最終報告書をまとめた。
報告書によると、高見隆二郎運転士=当時(23)、死亡=は直前の伊丹駅で停止位置を約72メートル行き過ぎるミスを犯した際、松下正俊車掌(44)に「まけてくれへんか」と距離を過少に報告してくれるよう車内電話で頼んだが、松下車掌は乗客への対応で通話を中断した。
虚偽報告を断られたと思った高見運転士はその後、松下車掌と輸送指令との交信の傍受に気を取られた。さらに日勤教育を恐れてミスの言い訳を考えたり、乗務を外されると不安にかられたりして、運転から注意がそれてしまった可能性が高い。
その結果、高見運転士がブレーキをかけるタイミングが16〜22秒遅れ、速度超過でカーブに進入し脱線した。
事故原因となった高見運転士の操作ミスについて事故調は、JR西日本の日勤教育が「懲罰的で逆に事故を誘発するおそれがある」と指摘。
以上、産経新聞「背景に「日勤教育」を指摘 JR福知山線事故で最終報告書」より抜粋
(http://www.sankei.co.jp/./shakai/jiko/070628/jko070628006.htm)
たしかに、目先だけを見れば、この分析は当たっていよう。
しかしながら、将来を全く考慮に入れていない分析と言わざるを得ない。
太平洋戦争で日本が敗れた最大の原因の一つは、『信賞必罰』を日本軍が実行しなかったためだと言われている。
そのため、甘い体質が蔓延し、敗戦に繋がったのである。
一方、必死のアメリカ軍は、厳格な信賞必罰を遂行し、勝利を得た。
この、日本国民をどん底に落とし込んだ貴重な教訓を、またしても無視し、甘っちょろく責任感・緊張感に欠けた日本人を大量生産して、同じ過ちを繰り返させようと言うのだろうか?
このような分析しか出来ない人たちが日本の中枢にいることが不思議でならない。
「警察に捕まるのが怖くて逃げた。」
よくマスコミに登場する轢き逃げ犯人の言である。
この言葉は、「捕まると行政罰・刑事罰が待っている」ことを「充分自覚しており」そして、「そのことを恐れた結果」であることを意味する。
だから逃げたのではあるが、これら犯人に対しても、「罰を課すことはやめろ」と言うのだろうか?
「飲酒運転に対する罰則強化は事故を誘発する原因となる」とでも言うのだろうか?
全く同じ次元の話なのだが…。
報告書によると、高見隆二郎運転士=当時(23)、死亡=は直前の伊丹駅で停止位置を約72メートル行き過ぎるミスを犯した際、松下正俊車掌(44)に「まけてくれへんか」と距離を過少に報告してくれるよう車内電話で頼んだが、松下車掌は乗客への対応で通話を中断した。
虚偽報告を断られたと思った高見運転士はその後、松下車掌と輸送指令との交信の傍受に気を取られた。さらに日勤教育を恐れてミスの言い訳を考えたり、乗務を外されると不安にかられたりして、運転から注意がそれてしまった可能性が高い。
その結果、高見運転士がブレーキをかけるタイミングが16〜22秒遅れ、速度超過でカーブに進入し脱線した。
事故原因となった高見運転士の操作ミスについて事故調は、JR西日本の日勤教育が「懲罰的で逆に事故を誘発するおそれがある」と指摘。
以上、産経新聞「背景に「日勤教育」を指摘 JR福知山線事故で最終報告書」より抜粋
(http://www.sankei.co.jp/./shakai/jiko/070628/jko070628006.htm)
たしかに、目先だけを見れば、この分析は当たっていよう。
しかしながら、将来を全く考慮に入れていない分析と言わざるを得ない。
太平洋戦争で日本が敗れた最大の原因の一つは、『信賞必罰』を日本軍が実行しなかったためだと言われている。
そのため、甘い体質が蔓延し、敗戦に繋がったのである。
一方、必死のアメリカ軍は、厳格な信賞必罰を遂行し、勝利を得た。
この、日本国民をどん底に落とし込んだ貴重な教訓を、またしても無視し、甘っちょろく責任感・緊張感に欠けた日本人を大量生産して、同じ過ちを繰り返させようと言うのだろうか?
このような分析しか出来ない人たちが日本の中枢にいることが不思議でならない。
「警察に捕まるのが怖くて逃げた。」
よくマスコミに登場する轢き逃げ犯人の言である。
この言葉は、「捕まると行政罰・刑事罰が待っている」ことを「充分自覚しており」そして、「そのことを恐れた結果」であることを意味する。
だから逃げたのではあるが、これら犯人に対しても、「罰を課すことはやめろ」と言うのだろうか?
「飲酒運転に対する罰則強化は事故を誘発する原因となる」とでも言うのだろうか?
全く同じ次元の話なのだが…。
教師は尊敬されるべき存在か?
「教師に楯突こうなどとは、身の程知らず!」
ある問題教師が宣ったとされる言葉である。
この言葉の根底には、
「教師は、教師というだけで尊敬されるべき存在である」との思い込みがあるようだ。
確かに、元来、教師たる者、尊敬されていたことは事実である。
それは何故か?
江戸時代以前においては、教師(その頃、このような呼称は使われていなかったようではあるが、吉田松陰をはじめとする先生と呼ばれ、子供たち、青年などに学問を教えていた人たち)は、自らの経験を基にカリキュラムを自分で作り教えていた。
つまり、カリキュラムの内容は、教師自身の行動そのものであったのであり、教師自らが率先垂範たる手本であったのである。
明治になって、国定教科書としてカリキュラムが教師の手から離れていったのだが、それでもなお、そのカリキュラムの中に『修身』『道徳』があり、それらを教師たちも積極的に教えていた。
そこでは、教える内容と教師自らの行動が乖離すれば当然生徒はついて来ず、教師は手本とならざるを得なかったのである。
ところが、戦後、この修身がカリキュラムから外され、道徳もないがしろにされてきた。
小手先の技術としての学問にのみ重点が置かれたのである。
そこでは、教師が生徒たちの手本となるべき必要性は薄くなる。
安易に流れる人の常として、教師たちの服装・言動が乱れてしまったのである。
過去のブログにおいて「(今の)教師は、教育というカリキュラムのセールスマンに過ぎない」と決め付けた所以である。
つまり、戦後一番堕落したのは教師である。
それにもかかわらず、その昔の『立派であった教師たち』のイメージを引き摺って、自分たちも尊敬されるべき存在であると錯覚しているのである。
「教師こそ、その身の程をわきまえるべし!」
尊敬されたいならば、それに相応しい服装、態度、言葉遣いをとるべきである。
そのやるべきことを遣らずに、家庭内のことまで首を突っ込もうなどとは、おこがましい。
たしかに少年たちの犯罪・虐めの背景に家庭や社会もあることは否めない。
しかしながら、この『尊敬されるべき存在としての教師』と『教師の堕落した現実』とのギャップが最大の原因であることは間違いない事実である。
その証拠に、一握りの例外、『尊敬に値する教師とその教え子たち』が点在する。
ある問題教師が宣ったとされる言葉である。
この言葉の根底には、
「教師は、教師というだけで尊敬されるべき存在である」との思い込みがあるようだ。
確かに、元来、教師たる者、尊敬されていたことは事実である。
それは何故か?
江戸時代以前においては、教師(その頃、このような呼称は使われていなかったようではあるが、吉田松陰をはじめとする先生と呼ばれ、子供たち、青年などに学問を教えていた人たち)は、自らの経験を基にカリキュラムを自分で作り教えていた。
つまり、カリキュラムの内容は、教師自身の行動そのものであったのであり、教師自らが率先垂範たる手本であったのである。
明治になって、国定教科書としてカリキュラムが教師の手から離れていったのだが、それでもなお、そのカリキュラムの中に『修身』『道徳』があり、それらを教師たちも積極的に教えていた。
そこでは、教える内容と教師自らの行動が乖離すれば当然生徒はついて来ず、教師は手本とならざるを得なかったのである。
ところが、戦後、この修身がカリキュラムから外され、道徳もないがしろにされてきた。
小手先の技術としての学問にのみ重点が置かれたのである。
そこでは、教師が生徒たちの手本となるべき必要性は薄くなる。
安易に流れる人の常として、教師たちの服装・言動が乱れてしまったのである。
過去のブログにおいて「(今の)教師は、教育というカリキュラムのセールスマンに過ぎない」と決め付けた所以である。
つまり、戦後一番堕落したのは教師である。
それにもかかわらず、その昔の『立派であった教師たち』のイメージを引き摺って、自分たちも尊敬されるべき存在であると錯覚しているのである。
「教師こそ、その身の程をわきまえるべし!」
尊敬されたいならば、それに相応しい服装、態度、言葉遣いをとるべきである。
そのやるべきことを遣らずに、家庭内のことまで首を突っ込もうなどとは、おこがましい。
たしかに少年たちの犯罪・虐めの背景に家庭や社会もあることは否めない。
しかしながら、この『尊敬されるべき存在としての教師』と『教師の堕落した現実』とのギャップが最大の原因であることは間違いない事実である。
その証拠に、一握りの例外、『尊敬に値する教師とその教え子たち』が点在する。










